1分で読める創作小説2025 by イオ
伊尾幸太郎
声をなくした朝に、君がいた。
ああ、今日も声は出ている。
でも、本当に「出ている」と言えるのだろうか。
マイクの前で作る笑顔は、もう癖になっていた。ライトのまぶしさに照らされて、観客の拍手に包まれるたびに、私は「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせている。
——本当は、怖い。
「声帯の寿命はあと一年」
と診断された時は、発狂してどうにかなりそうだった。
声を失えば、すべてを失う。
子どもの頃に夢見た声優の仕事。何もかもを犠牲にして、この仕事にすべてを注いできた。なのに、声を失ったら、私は空っぽじゃないか。
ファンは無邪気に笑う。「私の一番の推しです!」と声をかけてくれる。震えながらサインを差し出す手に応えながら、私は愛を込めて微笑む。握手をすれば「まだやれる」と信じたくなる。
けれど、喉の奥では、確実に砂時計が落ちていた。
だから、誰にも気づかれなくていい。そう思っていたのに——。
会場の隅。視線が合った瞬間、息が詰まった。
元恋人。養成所で同じ夢を語り、同じマイクの前に立った。時には、朝まで飲み明かし、笑い合った。
なのに、雑誌に掲載されるようになった彼を見るたび、祝福より嫉妬がこみ上げた。そんな自分が嫌になった。
イベントが終わり、楽屋のドアが開く。
そこに立っていたのは、彼だった。
「声……どうした? 無理してないか?」
その一言で、胸がざわめいた。
ファンも仲間も誰も気づかなかったのに。なぜ、よりによって、あなたが。
「嬉しいんでしょ。私が落ちていくのを見て、別れて正解だったって思ってるんでしょ」
震える声で吐き出すと、彼は黙り、ため息をついた。
「違う。俺は、ただ……」
「また説教?! 聞きたくない。早く出て行って!」
——そして一年後。
声は本当に消えた。マイクの前に立つこともなくなり、私は暗い部屋で沈んでいた。
誰も私を必要としない。そう思っていた。
けれど、突然、彼が部屋にやってきた。
まっすぐに私を見て、はっきりと言った。
「声が出なくても……、一緒に泣いて笑って、俺の隣にいてほしい」
心臓が強く打った。声を失った私に、まだ未来を差し出してくれる人がいる。
私の声はやっぱり出なかった。でも、ただ静かに、強くうなずいた。
涙が頬を伝い落ちる。
その瞬間、私は確かに「生きている」と感じた。
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