第2話 記されぬ名 ― 戸籍の影



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一 新たな光


懐中時計が光を放ち、美咲の体は再び宙に浮いた。

視界がぐるりと回転し、足元の感覚が失われていく。

(兄さん……私は必ずあなたを見つける)

その願いを胸に抱いた瞬間、強烈な光の渦が一気に広がった。


次に目を開けると、ざわめきと紙の擦れる音に包まれていた。

見渡すと木造の建物、軒先に掲げられた「役所」の看板、そして列をなす人々。


男も女も子供も、帳面に名前を書かれようと必死に並んでいる。

「名前を書き入れろ!」「これでお前たちは国家の民となるのだ!」

役人の声が響く。


美咲はすぐに気づいた。

(……戸籍制度。明治のはじめに作られた全国民を記録する仕組み……)



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二 母子との出会い


列の端で、小さな騒ぎが起きていた。

幼子を抱いた若い母親が必死に訴えている。

「お願いです、この子を戸籍に入れてください!」

だが役人は首を横に振る。

「父親の婚姻証明がない。認められん」


母の顔は涙で濡れていた。

「夫は……戦で亡くなりました。記録を残す前に……!」


周囲でも、養子や出自不明の子供、身分の証明ができない人々が同じように拒まれていた。

「書かれなければ、この子は存在しないも同じだ」

役人の冷たい言葉に、美咲の胸が締め付けられる。


(これは……未来につながる差別の始まりだ。婚外子差別、家制度、家父長制……すべてここから。)



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三 美咲の訴え


美咲は思わず列に飛び込んだ。

「子どもに罪はありません! 生まれた時点で人間なんです!」


役人が眉をひそめる。

「法に従わねば秩序は守れぬ。国家の制度を乱すな」


「秩序って何ですか? 誰かを排除して守るものなら、それは本当の秩序じゃない!」


美咲の声に周囲がざわついた。だが役人は冷ややかだ。

「娘子、わきまえよ。この制度は徴兵・納税・学制を進めるために必要なのだ」



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四 未来の影を見せる


美咲は震える手でスマホを取り出した。

スクリーンに未来の資料を映し出す。

「見てください。未来では戸籍が人を差別する仕組みになっているんです!」


画面には「夫婦同姓規定」「同性婚未承認」「婚外子差別」といった文字が並ぶ。

「制度は人を守るために始まった。でも未来では多くの人が苦しんでいます」


人々は息を呑んだ。

役人は理解できない顔をしながらも、動揺を隠せない。



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五 小さな改変


美咲は母子を振り返った。

「証明がなくても、この子がここで生きていることは誰もが知っている。皆さん、証言してください!」


長老が口を開く。

「確かに、この子は村の子だ。皆で育ててきた」

隣人も続く。

「父親の名はなくとも、この子を否定することはできん」


ついに役人は折れた。

「……仕方あるまい。村人全員の証言があるなら、記してやる」


母は泣き崩れ、美咲に何度も頭を下げた。

「この子が生きられる……ありがとうございます」



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六 余韻


夜、美咲は長屋の灯りの下で母子と共に過ごした。

幼子は眠り、母はそっと呟く。

「あなたは命の恩人です。この子はきっと未来で役立つ人になります」


美咲は微笑んだが、心には重い影が残っていた。

(制度は人を守るために生まれたのに、多くの人を排除した。150年経った今も、それは続いている……)


懐中時計が再び光り、次の時代へと導こうとする。

美咲は空を見上げ、胸の奥で問いかけた。


> 「戸籍は、本当に今の時代に必要なのだろうか?

人を記すはずの制度が、人を消してしまうのなら――」




光が強くなり、美咲の姿は闇に溶けていった。



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まとめ


戸籍制度は1872年に始まり、徴兵・納税・学制を徹底するための仕組みだった。

だが同時に、婚外子・養子・女性・非嫡出子を排除し、差別の根を社会に植えつけた。


現代においても、夫婦同姓や同性婚の未承認など、戸籍制度が多様な家族の形を阻む障壁となっている。


果たして、150年前に生まれた制度は今なお必要なのだろうか――?




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時輪の記・外伝 @Shinji2025

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