【1分で読める創作小説2025】「真佐喜のかつら」の怪

永嶋良一

【1分で読める創作小説2025】「真佐喜のかつら」の怪

 俺は気づかれぬように、お時の後をつけた。 


 お時は幸橋の前を進むと、左に曲がった。稲葉伊予守の屋敷が現れた。豊後臼杵うすき藩、五万六千石の大名だ。月光の中に長屋塀が黒々と浮き上がっている。


 屋敷の左手は町屋だ。備前町と呼ばれている。もう丑三つだった。真冬のこんな時刻に江戸の市中を歩いているものは誰もいない。


 長屋塀が途切れたところで、お時が立ち止まった。俺は慌てて身を隠す。お時は周囲を確かめると、左手の町家の路地に走り込んだ。


 俺も急いで後を追う。


 火付盗賊改方ひつけとうぞくあらためかた与力の内藤兵衛ひょうえ様から受けた密命が頭に浮かんだ。俺は加納与平次。同心だ。


 「与平次。上州屋のお時を見張ってくんな。妙な噂があるんでぇ。女だてらに、夜な夜な江戸の市中を歩いて何かを調べているそうな」

 

 上州屋は中堅の海鮮問屋だ。お時は美人女将として知られている。


 俺が路地に入ったときだ。上から何かが降ってきた・・お時だ!


 俺は後ろに飛んだ。二三回、転がって路地を出た。地面に立膝をついて、刀を抜くと横に一閃させた。手ごたえはない。


 町屋を背にお時が立っていた。手に短筒のようなものを握っている。お時が言った。


 「とうとう正体を現したね。密航者め」


 密航者?


 短筒から緑の光が飛び出した。


 俺は横に転がった。さっきまで、俺がいた地面が緑色に光った。光が薄れたとき、地面には穴が開いていた。恐るべき武器だ。


 お時が再び短筒の先を俺に向けた。俺は立ち上がって、刀を正眼に構えた。だが、あの光を刀で防げるとは思えない。


 られる・・


 そのとき、屋敷の方から、赤い光がお時を目がけて飛んだ。今度はお時が地面を転がった。地面が真っ赤になった。赤色が消えると・・離れたところに、お時が立っていた。


 すると、屋敷の横から影が走り出た。影がお時を袈裟懸けに切りつけた。さっきの赤い光で、町屋が燃え出した。その炎を背に、お時が黒い影になって宙を飛んだ。


 お時が地面に降り立つと、影がその前に立った。刀を八相に構えている。炎に照らされたその顔は・・内藤様だった! 内藤様の声がした。


 「おのれ、時間管理局の密偵め」


 お時が驚いた顔をした。


 「お前が密航者だったのか!」


 お時の短筒から緑の光が飛んだ。俺の周囲が緑色になった。俺はそのまま気を失った。


 翌朝、俺は番屋で目を覚ました。怪我はなかった。俺は内藤様のことを聞いた。しかし、驚いたことに・・内藤様もお時も、誰も知らなかった。そんな人物は以前から江戸にはいないというのだ。


 不思議なことがあるものだ。




 「真佐喜まさきのかつら」(青葱堂冬圃せいそうどうとうほ 著)


 天明6年1月19日 江戸幸橋門外備前町から出火、大名屋敷・町屋多く焼ける


               了

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