第2話 『タバコの煙が人を存命させる』


ノベルは転送陣を踏み、神の聖域へと現れた。

そこは真っ白な空間にぽつんと浮かぶ、畑と小さな工場だけの世界。


ノベルは退屈そうに腰を下ろし、神を見るなり手を伸ばした。


「……ニコチン切れだ。タバコをよこせ」


神は工場に入っていき、煙草を箱ごと抱えて戻ってきた。


「良い働きをしたな。ほら、これが報酬だ。受け取れ」


ノベルは眉をひそめ、カートンを受け取りながら鼻を鳴らす。


「チッ……金銀財宝よりよほど価値があるな。俺も落ちぶれたもんだ」




神はニヤリと笑い、畑へ視線を移す。


「ここで栽培している。タバコ税が1箱千円を超えたあたりから、自家製に切り替えたんだ。地球にしかない嗜好品だからな。異世界じゃ誰も吸えん」


ノベルは空になった箱を神に放った。


「銘柄は?」


「ゴッドブレスだ」


彼は箱をひらひらさせ、煙を吐き出す。


「ふん……6スターも悪くないが、こいつは別格だな」




神は少し遠い目をして、笑った。

「俺も最初は6スターから始めた……時代の洗礼みたいなもんだな。ところで、今後はどうするつもりだ?」


ノベルは黙ってタバコを見つめた。火が赤く揺れ、灰がぽとりと落ちる。


「そうだな──俺のタバコを、生産する」


神の表情が固まった。


「……なに?」




ノベルは口角を上げる。


「神、次は何で俺を釣る?」




神は初めて焦りの色を見せた。


「……無駄に頭が回りやがる。考えておく、少し待て」


ノベルは紫煙を見上げながら口角を上げる。


「なぁ神、異世界おじさんは転生した瞬間、最初に何を考えると思う?」



神は鼻で笑った。


「そりゃ決まってる。向こうじゃ叶わなかったハーレムとか、トキメキエンジェル捜索とかだろ、マイエンジェルが欲しいはずさ」


ノベルは首を振った。


「違うな……


タバコ、吸いてぇぇぇーーー!!! だ」



神は食い気味に頷き、思わず手を打った。


「……分かるッ! それだ!!」




ノベルは灰を落としながら続ける。


「タバコは麻薬であり、嗜好品だ。灰人──あの連中の八割は、煙でできている。お前と同じく、息をするようにタバコを吸う存在だ」


神の瞳が遠くを見た。


「分かるぜ……あの所作。左手でポケットから取り出し、右手でライターをカチリ。無駄のない流れ、美しさすらある」


ノベルの声が低くなる。


「そうだ。灰人は元ブラック企業のサラリーマン。彼らを癒したのは、妻でも、同僚でもねぇ……タバコだけだ。


だから奴らは、タバコを“愛している”。命の一部みてぇにな」



神はしばらく黙り込み、火のついた煙草を凝視していた。

やがて、低くつぶやく。


「……俺のゴッドブレス。本社を異世界に移し、闇市場に流すか……」


ノベルは口角を上げ、煙を吐きながら答える。


「それでもいい。報酬はひとつ──“いつでもタバコを吸える権利”。どうだ?」




神の目がぎらりと輝いた。

まるで新しい生き甲斐を見つけた子どものように。


「よし──共同経営だ!!」


神は両手を広げ、聖域に響き渡る声で叫んだ。


「このタバコ、ゴッドブレスで世界を獲る!! 異世界の王も勇者も、みな俺の煙にひれ伏す!」


ノベルは鼻で笑い、灰を落とした。


「……結局、お前も俺も、煙の下僕ってわけだな」





2人は異世界に転移した。



『ノベル、ゴブリン洞窟はどうなっている?』


『ああ、あの後、係員によって張り紙は撤退されてな…

別の試作を考えている』



二人は闇ギルドを訪れる。


「ギルマス、来たぞー」


「お、偽勇者か……そっちは誰だ?」


神は軽く手を上げた。


「俺はこの世界の神だ。……悪い、灰皿くれねぇか?」


ノベルは辺りを物色し、適当な皿を掻っ攫って灰皿にした。


「神、異世界にはタバコも灰皿もねぇんだよ」


ギルマスは眉をひそめる。


「おいノベル。お前らが吸ってんのは何だ? 葉巻なら知ってるが、あんな軽そうな煙は見たことがねぇ」


「タバコだよ。大人の嗜みってやつだ。ほら、一本やる」


ギルマスは恐る恐る吸い込んだ。

「……悪くねぇ! 葉巻よりライトで、持ち運びやすい。こいつぁクセになるな」


「だろ? そこで頼みがある。このタバコを生産したい。ノウハウは神が持ってる。畑を任せる人手が欲しい」


「そんなもん、願ったりだ。危険な仕事よりよっぽどいい。……よし、その案件、俺たちに優先的に回せ!」


ノベルは頷いた。

「いいだろう。ただし、条件が一つある」


「なんだ?」




──翌日。


ゴブリン洞窟の前には、闇ギルドの荒くれどもが整列していた。


「お前ら、並べ。整理券を取るんだ」


係員から配られる券を握りしめる荒くれ者たち。


「当たったのは……18枚か。まずまずだな。

お前ら、これよりタバコの生産地に向かうぞ』



「ノベル、それはいいが、ゴブリンはどうする? 折角手に入れた券、勿体ねぇじゃねぇか」


ノベルは口元を歪め、不敵に笑った。


「いいんだよ。はした金よりタバコだ。それに──この入場券には別の使い道がある」


荒くれ者たちが顔を見合わせる。


「別の使い道……?」




ノベルは高らかに宣言した。


「俺たちはこれより── 転売ヤーになる!!」

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