第3話


 そろそろ一度従兄弟揃って劉備りゅうびに挨拶に行こうと話していたところへ、先に訪問されてしまった。


「申し訳ない、劉備殿。本来ならば我々兄弟揃って挨拶に行かねばならないところを」


 寝ている馬岱ばたいを起こさないように、隣の部屋に移った。


「いいんだ。これからどれだけでも話す時間はある。

 馬岱殿の傷の具合はどうかな」


「はい。到着してすぐ軍医が綺麗に傷を縫い直してくれたので、大丈夫です。落ち着いています。元来、馬岱は身体は丈夫なのでどうかご心配なく」


「そうか。それは良かった。

 馬岱殿は貴方と共に涼州でも戦っていたということだから、貴方の補佐官として側に置くつもりだ。構わないかな」


「そうしていただくと助かります。いずれ馬岱には私の部隊を預ける形で軍団を持たせ、二軍編成で劉備殿に使って頂ければと考えています」


「そうか。頼もしい言葉だ。ありがとう。

 とにかく傷は完全に癒やすようにと馬岱殿には伝えてくれ。

 挨拶などはいつでも出来るから気にしなくていいからな」


「はい。お気遣いありがとうございます」


「いや。馬岱殿や涼州騎馬隊が参戦してくれることは、本当に我が軍にとっても有り難いことなのだ」


 劉備は言った。

 側に控えた趙雲ちょううんが口を開く。


「……諸葛亮しょかつりょう殿が、江陵こうりょう関羽かんう殿を派遣することをお決めになった」


 馬超は息を飲む。

「江陵に」


「防衛の要としてな。

 呉蜀同盟が決裂し【定軍山ていぐんざん】は元より、江陵の状況は混沌としている。

 孔明こうめいと話したが、周公瑾しゅうこうきんが生きていれば赤壁せきへきの機を逃さず、呉軍は江陵まで出陣して来たはずだと。


 ……先だって、龐統ほうとうが【剄門山けいもんさん】に陣を張った。

 あれは、呉の西への進出の意志を確かめるためであったのではないかと言っている。

 自分以外の犠牲を出さず、龐統は呉軍に西征の意志が弱いことを確かめた。


 いずれは出て来るだろうが、今ではない。そう見ていい。

 赤壁せきへきで人的被害はさほど出なかったが、船は大破しているからな。

 しばらくは戦力を戻すことに徹するだろう。


 呉軍が出て来た時に蜀は、江陵を守るために必ず兵は差し向けなければならなくなる。

 

 つまり呉軍は自らの思う時に出てこれるが、蜀はそうではない。

 打てる手は一度だけ。だから最善の手を打たねばならない。

 これで呉軍が動くかは分からないが、動いても関羽ならば容易く打ち払われるようなことはない」


 馬超は頷いた。


「望む一手を先に打つのですね」


「関羽と張飛ちょうひは私にとって、貴方と馬岱殿のようなものだ。

 今までずっと二人は私の側にいて、私を守ってくれていた。

 ……だがこれからは、それぞれが蜀のために要所で戦わねばならん」


「……劉備殿のお覚悟、よく理解しました。

 私と馬岱ばたいの事情は趙雲からお聞きでしょうが、馬一族は各々が別々の戦場でも一騎当千の働きが出来ます。

 いざとなれば遠慮無く、我々も思う場所に派兵して頂きたいと、諸葛亮にお伝え下さい。

 馬岱はあのように普段は暢気な男ですが――、あの男は戦場で変わります」


「よく言って下さった。ありがとう。

 涼州騎馬隊も、馬一族の勇猛も大陸に轟くものだ。

 必ず戦の要所で使わせて貰おう。

 それに普段は穏やかな男だが、戦場でガラリと変わるのは私の方にも一人いるからな」


 立ち上がった劉備が、笑いながら趙雲の肩を軽く叩いた。


「とにかく今しばらくはよく休養されるように。

 今日から趙雲が涼州騎馬隊の修練に加わる。貴方がたの戦い方は特殊らしいから、趙雲が知っておくのはいいことだと思ってな。しばらくこちらで寝泊まりするので仲良くしてやってくれ」


「分かりました」

「よろしくお願いいたします」


 仲良くしてやってくれと前に押し出された趙雲が笑っている。


「これから張飛の許へ行ってくる。

 関羽が要所を任されるのに自分は何も無いなどと、拗ねられては困るからな」


「殿をお送りしてくるよ。

 夕食の時にまた話そう」


「ああ」


 劉備と趙雲を見送り、馬超は部屋に戻った。



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