きっかけ ~恋愛オムニバス~

クロノヒョウ

ビニール傘




 突然の雨。

 電車を降り、駅の構内で五百円のビニール傘を買った。

 こんなにも本格的に降るなんて、やっぱり天気予報はあてにならない。

 そう思いながらびしょ濡れの靴で歩くこと十五分。

 アパートの目の前のコンビニに入って一安心した。

 こんな日は食べるしかないと、夕食用のサンドイッチとサラダ、そして大量のお菓子をカゴの中に放り込んだ。

 顔馴染みの店員さんと「雨ですね」なんて話ながらレジを済ませ、ドアを押し開けた時だった。

 雨宿りをしているのか、スーツを着た男の人が傘立ての横に立っていた。

 思わず見上げた空。

 雨は当分止みそうにない。

「あの、よかったら、どうぞ」

 私は傘立てからさっき買ったビニール傘を取ると男の人に差し出していた。

「え、いやいや、そんな」

 驚きながら首と手を振る男の人。

「私すぐそこなので」

「いや、でも」

「実は家にビニール傘たくさんあるんですよ。だから、よかったら使ってください。返さなくていいですし」

 こんな急な雨のたびに買うビニール傘。

 いつの間にか増えてしまうのは事実だ。

「いや、実は俺も、家にビニール傘たくさんあるから、買おうかどうしようか悩んでたところで」

 男の人はそう言って少し恥ずかしそうに笑った。

「あはっ、ですよね、わかります」

 あどけないその笑顔に好印象を覚えた。

「じゃあ、いつでもここに返しておいてくれればいいので、とにかくどうぞっ」

 私は男の人に半ば無理矢理傘を渡して走り出した。

「あっ、あの……」

 男の人の声はすぐに私の背後で雨の音にかき消されていた。


 ――二日後、いつものように帰りに寄ったコンビニで店員さんから受け取ったビニール傘。

 そして一枚の名刺。

 すぐ近くにある会社の名前。

 裏にはアドレスと『よかったら連絡ください』というメッセージが。

 その丁寧な文字にあの時の笑顔が思い出された。

 さて、どうしようか。

 名刺をバッグにしまい、コンビニのドアを押し開けた。

 律儀にこんなビニール傘を返しにきてくれるなんて真面目な人だ。

 またビニール傘が増えてしまったけれど。

 そう思いながらも私の顔はほころび、胸が踊っていることに気がついた。



           完




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