第34話「侯爵と蛇灯会」

「…元気じゃ,なさそうだな」

「まあ,ね」

「何かあったのか?」

「…」




 ベリアルの問いに,ジャックが言い淀む。

 何かを意図的に隠しているような感じだ。


「…まぁ,最近のボルディア王国の事情は知ってるかい?」

「一応,色々知ってるが,詳しくはない」

「なるほどね。レーニア侯爵が帰ってくるのもあって,私たち蛇灯会はとても忙しくなっちゃってるんだよ。だから休む暇もなくて,君たちとの連絡も遅くなってしまった。ごめんね」





 俺はふと,今のジャックの発言に違和感を覚える。

 というのは,今の所,レーニア侯爵が帰ってくるという話をレーニアの街にいる人間で知っているのはごく少数の話だからだ。




 そもそも,撤退が決まったのもつい昨日くらいの話で,帰り始めたのは今日だ。

 普通,早馬でも情報は間に合わない。




 俺たちがこの情報を知れているのは,プレイヤーという特権を使っているからにすぎない。

 一応,街中でも,もうすぐ撤退してくるだろう,という予測はよく耳にする。が,予測ではなくというのは,明らかに違和感がある。


「…ジャック。レーニア侯爵が戻ってくるって? 今戦争中じゃないのか?」

「…」




 俺が知らないふりをしてそのように聞くと,ジャックは「しまった」という顔をして黙る。

 ,やはりか。




 俺は自信を持った様子で,彼に言った。


「ジャック。君は侯爵と繋がっているんだな」

「…え,っと〜…」


 ジャックはなんとか誤魔化せないか,と言葉を探す。

 が,ここで言い淀むということはつまり,そういうことなのだ。




 それに,彼が疲れているからだろうか。

 全く冷静に考えられていないような感じがする。




 例えば,別に,情報を得るだけなら侯爵と繋がっている必要はない。

 俺たちみたいに,ロア経由で知ることも当然ありえるからな。


 しかし,レーニア侯爵が帰ってくることをなぜ知っているのかを問われたことで,──人の心理というのは面白いことに,──小さな秘密が一つバレたと思うと次の秘密がバレることに対しての抵抗が減るものなのだ。

 だから,鎌をかければこの通り。簡単に重大な秘密を自白させることができる。




「まあ,それはいいさ。人には一つや二つ,秘密があるというものだし」

「ああ。それが確認できて逆に安心してるよ,俺は。だが,。やっと確信できた」

「?」

「…」


 俺に続いて,ベリアルは一人納得する。

 俺が何に対してなのかと尋ねると,彼はこのように答えた。




「今まで集めた情報を統合すると,このような仮説が必然的に浮かぶんだよ」

「…」


 彼は自信を持って続ける。




「まず,なぜ闇組織を侯爵が掃討しないのかという問題について。これは簡単なことで,赫盟は敵対貴族の派閥にいるからだ。赫盟に手を出すと,ベルモワ伯爵に裁判へかけられる事態を招く」

「…」

「だから今まで,侯爵は闇組織を黙認し続けた。しかし,好き勝手やらせる訳にもいかない。そのために,ジャック。君を起用して,を作らせた。そうすることで,侯爵が赫盟に敵対しているのではなく,侯爵とは無関係な組織が赫盟に邪魔をしているだけだという言い訳ができる」

「…はぁ」

「こう考えれば,なぜ小さい組織である蛇灯会が赫盟に対抗できていたのかの説明がつく。多大な支援を受ければ,不可能なことではないからな」




 ジャックが諦めたように目をふせる。


「…続けるぞ。今まではそれでよかった。なぜなら,ベルモワ伯爵はそこまで大っぴらに動いてこなかったから。しかし,戦争の終結の知らせが来ることがほぼ確定し,長い戦争が幕を閉じることとなる。そしたら,次は何が起こるのかわからない」

「…もう,わかったって」

「そのために,いち早く赫盟を掃討するように指示が出たんだろ? ──ジャック。そして,今のレーニア侯爵はここにはいない。ならば,指示を出せる人間として君のバックにいるのは間違いなく,レーニア侯爵というよりも,今レーニア街にいて,さらに実質的な政治的実権を握る者──つまり,リオ・ベルモントだ」

「…」




 ベリアルがそのように結論づけると,ジャックは諦めたようにして,少し微笑む。


「…これ,誰にも言わないでくれる? まじで極秘なんだよね」

「…まぁ,いいだろう」


 そして,深いため息をついて,続ける。


「ベリアルが予想したもの,ほぼ合ってるよ。ちゃんと言うと,侯爵は正面から赫盟と敵対することにしたらしいんだ。だから,戦争が落ち着いたらすぐに赫盟を掃討することにしたらしい」

「…」

「でも,わかるだろ? そうしたら,私たちはどうなる? 当然,用済みだ。仮に兵団に登用してくれるんだとしても,私が抱えるのはチンピラばかり。もちろん,教育はしてるけどさ」

「なるほどな」




 再び深くため息を吐いて,絞り出すように言った。


「…──君たちには悪いことをしたかもね。もう,赫盟と戦う必要はないらしいんだよ」

「…」




 それから数秒,沈黙が訪れる。

 しかし俺は,もしかしたら迷案かもしれないが,思いついたものがあるので言ってみることにした。


「…俺たちの価値を証明すればいい。そうすれば,そのまま生き残れる」

「──というと?」

「つまり,ベルモワ伯爵にとっての赫盟のように,レーニア侯爵にとっての蛇灯会として価値あるものだとすればいい。そうすれば,俺たちを生き残らせて,利用する選択肢を取らせることができる」

「…しかし,どうやってやるんだい」




 彼は半ば諦めの滲んだ声で,そう呟いた。

 俺はそれに対し,力強く答える。




「──赫盟をぶっ殺せばいい。侯爵が帰ってくる前に,な」

「…」

「…ロアは言っていた。中級騎士になれたのは,侯爵の手を煩わせずに問題を解決したからだ,と」

「ロア? ロアって,最近中級騎士に上がった,あの」




 ジャックからは「お前らロア中級騎士と知り合いだったのか」と目で尋ねられるが,無視をする。


「──同じことをすればいい。俺たちが赫盟を倒すのは,侯爵たちにとってもメリットが大きい。さすればリオは俺たちを有能だと判断する。──つまりはそれによって価値を証明できるということだ」

「確かに,それはそうだけど」


 俺の発言に,ジャックが怯む。




 だが,蛇灯会が生き残り,さらには価値を侯爵陣営に見せるなら,これが最後のチャンスだ。

 おそらく同じことを思っているであろうベリアルが,俺の発言に付け足す。




「間違いなく,リオってやつは俺たちを利用しようとするだろう。評判からもそう言う人間だし,何よりレーニア侯爵──いや,ルシアンと言う人物を誰よりも敬愛する人間なんだろ? リオってやつは」

「…」

「なら,あとは赫盟を倒すだけ。俺たちなら大丈夫だ」

「…──」




 一瞬,ジャックの目に光が宿る。

 そして,彼は立ち上がって言った。


「わかった,やるだけやってみようじゃないか!」

「──その意気だ,ジャック」




 俺たちはその後,具体的な作戦を決め,リオという人物にやってもらわなければならないことなど,様々なことを考えてその日は解散した。




 そして,次の日。

 俺たちは,リオという人物と会することになった。




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