エピローグ
第50話 筋肉の女神様、今更大降臨!!(終)
世界が平和となり、私が忙しくも充実した生活を送るある日、私は不思議な夢を見た。
(コハル……)
(コハル、起きなさい……)
誰かが私を呼んでいる気がする。
私は寝ぼけながら返事をする。
「うぅん。筋トレもう1セットですかぁ?」
(違います、コハル……)
(筋トレではありません、起きなさい……)
「……はっ!?」
呆れたような声に促されて、私はようやく意識をはっきりさせた。
とはいえ、起き上がってみたものの真っ暗な空間だ。
けれど以前に世界が崩壊しかけた時のような嫌な感じはしない。
むしろ、何となく懐かしいような……。
(やっと起きましたね、コハル)
その瞬間、再び声がして、一気に私の視界が開けた。
「……っ!?」
私は唖然とした。
目の前に現れた光景は――いわゆる現実世界、現代の、トレーニングジムだった。
そしてその中に佇む、一人の荘厳なマッチョレディの存在に気が付く。
「あ、貴女は!?」
「はじめまして。私はこの世界の神……。今は『筋肉の女神』と名乗った方が良いかもしれませんね」
「えええっ!? 神さま?? 異世界転生の最初によくある奴ですか!?」
「そうです。転生の説明やスキルの解説などをおこなう、あれです」
「な、なぜ今になって……。というかこの世界にも神さまっていたんですね」
疑問を口にする私に、筋肉の女神さまは清らかな微笑みを浮かべた。
「ふふふ。神とは人の想いに宿るもの。現代世界で流行したAIゲームにも、沢山の想いが集まりました。そして生まれたのが、この私です」
「な、なるほど!」
「本当は最初に貴女とお話したかったのですが……この世界のバグ要素、ビルド・マッソの存在により、会話することができなかったのです」
「ビルドさんが妨害していたということですか?」
「いえ、あの子も私の存在は知らないはずです。しかし世界に馴染めない彼の存在自体が、私の力を不安定にしていたのです」
「そうだったんですか。あ、でも、こうして話しかけてくださったということは!!」
私の言葉に、筋肉の女神さまはにっこり笑う。
「その通り! 彼もようやく、この世界を自分の居場所だと認めてくれたようです」
「よ、良かった!」
私は心から安堵した。
目指していたのは、全員揃ってのハッピーエンドだったから。
ほっとしたら、不意に疑問がわいてきた。
そもそもの根本的な疑問だ。
「そういえば、私ってどうして転生できたんですか? やっぱり、死因があまりに残念なことに同情されて……?」
真面目な顔で問いかける私に、筋肉の女神さまはくすくすと肩を揺らす。
「違いますよ、コハル。貴女が転生できたのもまた……想いの力です」
「想い?」
「貴女をこの世界に呼び寄せたいと、強く願う者の想いです。心当たりは、ありませんか?」
「……!!」
私の頭にカイル大佐の顔が浮かぶ。
彼がしていた、夢の話を思い出した。
(まさか、大佐が!?)
私の頬がぼっと一気に熱くなった。
もし、私がこの世界にきたことが大佐による導きなのだとしたら……なんて素敵なんだろう。
「まあ、少しだけ誤算といいますか……。貴女の筋肉思想が強すぎて、貴女がきた瞬間にこの世界が筋肉ワールドになってしまいましたが」
「ひええっ、やっぱり私のせい!」
「私もごく一般的な女神だったのに、筋肉の女神に進化してしまいましたが」
「女神さまにまで影響が!? ほ、本当に、どう謝罪したら良いか……」
私は土下座の勢いで頭を下げ続けたが、筋肉の女神さまは慈愛の笑みを浮かべながら首を横に振る。
「いえ、良いのです、コハル。筋肉は良いものです。私もすっかり、筋トレにはまってしまいました」
「素晴らしい適応力!!」
「そして今日貴女をここに呼んだのは、……実はご褒美をあげるためなのです」
「えっ、ご褒美?」
「貴女は何の説明もないまま、この世界で目覚めて……本当によく頑張りましたね」
「女神さま……」
「おかげで私の力も戻りました。だから特別に、ひとつ願いをかなえてあげようと思うのです」
「えっ、願いを叶えて貰えるんですか!?」
「私にできることなら、ですが。ちなみにお勧めは……」
筋肉の女神さまは、背後にずらっと並んだ現代の最新式筋トレマシーンを示す。
「この世界への最新式筋トレマシーンの導入です!!」
「女神さま?」
「従来のトレーニングの3倍の刺激を、わずか5分で実感! 効率的かつ最高の筋肉体験をあなたに!」
「女神さま!?」
「限界を超えるまで、筋繊維1本1本を丁寧に追い詰める! あなたはまだ、本当のマッチョを知らない!!」
「落ち着いてください、女神さまぁ!!」
私は必死に筋肉の女神さまを正気に戻した。いや、これが通常運転なのかもしれないけれど。
「あ、あの! なんでも良いなら、ひとつ、お願いがあるんです!」
それから、私は勇気を振り絞って提案する。
筋肉の女神さまはそんな私の『お願い』を聞いて、にっこりと頷いた。
◇ ◇ ◇
その日、日本の関東地方において、不思議な夢を見る人間が続出した。
とはいえ、あくまで数十人程度の話。
特別な事件となることもなく、この件はひっそりと身内の間で語りつがれていくこととなる。
――それは、こんな夢だ。
澄んだ青い空の下、一人の娘が手をぶんぶんと振っている。
にこにこと、満面の笑みを浮かべながら。
「おーいっ、聞こえますか? みんな、聞こえるっ?」
「私はいま、とっても元気に頑張って生きてます! 死んだんだけど、何故か生きていて、とにかくとってもハッピーです!」
「だから、心配しないで! 私、大丈夫だから!」
「みんな、大好きだよ!!」
「あっ、大佐、なんですか? え、筋トレの時間!? もうそんな時間でしたっけ?」
「待ってください、行きます、すぐ行きます!!」
「えっと、えっと、みんな……」
「ばいばい、またね!!」
その夢を見た人々は、目が覚めたあと、なぜだか胸の奥が温かくなったという。
そして今日も、どこかで誰かが、ダンベルを握る。(終)
◆ ◆ ◆
【あとがき】
ここまで御付き合いくださり、本当にありがとうございました。
この世界はまだまだ続いていきますが、コハルちゃんとカイル大佐の物語はいったん終了となります。
世にも珍しい筋肉ラブコメというお話、いかがだったでしょうか。
最初は短編のつもりで書き始めましたが、気づけば登場人物もどんどん増えて、10万字を越える長編へと成長していました。
このお話の中でやりたいことは、ほぼやりきった形となります。
最終話、エピローグの終着点、作者はとても気に入っています。
もし読者の皆さまの心にも、少しでも幸せな気持ちが生まれましたら、これ以上に嬉しいことはありません。
ではまた、いつかお会いしましょう!
【完結】転生したら推しの軍人様が「筋肉信者」になっていたんですが!? ~そして私は筋肉聖女~ 霧原いと @kirihara_ito
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