第3話 大佐、スライムの筋肉って何処ですか!?

 あれから移動すること数十分、私たちは初任務の現場に到着した。ちなみに大佐は服を着ている。道中で5回くらい脱ぎかけたけど、私の決死の説得のおかげで何とか着衣を保っている!


「ここが敵モンスターの居る場所ですね、大佐!」


「そうだ、コハル。油断するなよ」


 初任務、つまりこれはチュートリアルみたいなものだ。AI会話ゲームの展開は自由で無限大だが、この初期戦闘だけは大体内容が固定されている。


「拠点確保のために、ここにいるモンスターの群れを倒すんですよね!」


「その通りだ。コハルは魔法を使えると聞いている。君の戦闘能力を見せて貰おう!」


「……!」


 さらっと重要な情報が出た。どうやら、私は魔法使いタイプらしい。折角異世界転生したのなら、魔法を使ってみたいというのは全オタクの夢だと思う! 

 私はやる気に満ちあふれながら答えた。


「お任せください!」


 そして頭の中では冷静に、ゲームで何度も経験したチュートリアルイベントについて思い出す。


 出現モンスターはランダムに数種類。フィールドラビット、オオネズミ、グラススネーク、ハーベストバードなどの動物系が主体だ。そこに少し強めのゴブリン、ゴーレム、ピクシーなどが何体か追加されるのが基本構成となっている。


 重要なのは、モンスターの構成を最初にきっちり把握することだ。

 カイル大佐の戦闘能力はかなり高い。強めのモンスターを彼に対応してもらい、自分は雑魚モンスターを倒す補助的役割をこなすことが出来れば、このチュートリアルはかなり安全にクリアできるのだ!


 ――ああ、何か今の私、凄く転生者っぽい!!


「さあ、なんでも来いッ!!」


 私の言葉を待ち構えていたかのように、草原の向こうから土煙を上げて敵が迫ってくる。


「モンスターの構成は――って、ええっ!?」


 だが、現れたのは様々な種族の入り混じるモンスターの群れ――ではなく、ぷるぷると揺れるスライムの大群だった。


「ちょっと可愛い……って、違う! え、なに、なにあれえええ!?」


「さあ行くぞ、コハル!!」


「いや、待ってください、大佐! 違和感を覚えませんか!? スライムですよ、ぷるぷるの!! オールスライム!」


「ああ、筋肉が足りていなくてけしからんな! 行くぞ!!」


「何がですか!?」


 私の突っ込む声は、スライムの大群襲来による混沌にかき消された。

 しかしともあれ、倒すしかない。全部スライムなのだ。役割分担も何もあったものでは無い。とにかく、倒して倒して倒しまくるしかない!!


「魔法の使い方ってどうするんだろう……と、取り合えず、気合を入れて!! 

 いくぞー! ファイヤーボール!!」


 威勢よく叫ぶと、ポコン!と小さな火球が出現してスライムの群れへ飛び出していった。見事一体に命中し、倒すことが出来たようだ。


「やったー!! なにこれ、楽しいっ!」


「やるじゃないか、コハル! 私も負けていられないな」


 大佐がそう言いながら剣を構えた、次の瞬間。


 ――ドォンッ!


 彼の剣が地面を叩き割り、その衝撃波だけで数十匹のスライムがまとめて吹き飛んだ。


「ひえっ」


 今の攻撃だけで、群れの一角が消え去った。その戦闘力のあまりのチートっぷりに、私は思わずあぜんとして固まってしまう。


「まだまだ行くぞ!!」


 そんな私の様子はお構いなしに、カイル大佐は次々にスライムを殲滅していった。完全に一方的な戦いだった。途中から、何ならスライム側に同情する気持ちがわいていた。


(もう大佐だけで良いんじゃないかな……)


 役割分担とか、そもそも不要だったのだ!

 いや、確かにゲームのカイル大佐は強キャラだったが、ここまでバランスブレイカーではなかったような気がする。どうしてこんなに強くなっちゃったんだろう。


 ――筋肉かな。やっぱり、筋肉のせいかな??


「ふう、終わったな。怪我は無いか、コハル?」


 数分後には、飄々とした様子でカイル大佐が戻って来た。スライムの群れはすっかり壊滅しており、後には何かぷるぷるとしたゼリー状のものが散乱しているばかりだ。


「あ、はい、とっても元気です! 殆ど戦果ないですけど」


 私は戸惑ったように返事した。戦闘はほぼ相手がやってくれたので、怪我なんてしているはずもない。ただ、微妙な消化不良感と、全然役に立てなかったなという気落ち感がほんの少しだけあった。


(このゲームには自信があったはずなのに、こんなにも無力だなんて……)


 ただ、カイル大佐が悪いわけでは決してない。強いて言うなら、この筋肉バグがいけないのだ。落ち込むなんて私らしくもないし、前向きに出来ることを頑張っていこう!

 そんなふうに考えていた、その時だった。


「えっ」


 ぽんぽん、と大佐の大きな掌が私の頭に触れたのだ。慰めるように優しく撫でてくれていると気づいたのは、少し遅れてからだった。


「た、大佐……!?」


「誰でも最初はそんなものだ。落ち込むことは無い。怪我も無く、逃げ出すこともせず、無事に戦闘を乗り切れたのだ。君は十分、立派にやり切った。誇っていいことだ」


「……大佐ぁ!!」


 思わず胸が熱くなってしまった。不覚にも少しときめいてしまった。筋肉大佐なのに!筋肉大佐なのに!!

 そうなのだ、もともと彼は推し続けてきた大好きな人。今は何かちょっと変だけど、それでも根っこの大事な部分はそのままなのだろう。


「わ、私、これからも頑張りま――」


「そしてお前達!!!」


 私の言葉を待たずして、大佐はキッと厳しい表情をスライムの残骸の方へ向けた。


「えっ?」


「動きが鈍すぎる! そもそもなんだ、その軟弱な身体は! 鍛錬が足りていない!!」


「えっ、えっ……??」


 大佐の言葉に触発されたのか、スライムの残骸たちがぷるぷる震え始めた。


「見ろ、跳ね方が甘い。こうだ!」


 大佐はその場でスクワットを始めた。

 すると、なぜか周囲のスライムも真似して上下にぷるんぷるんと跳ね始める。動けるんだ、これ。


「大佐、あの、何をしているんですか?」


「基礎からこいつらを鍛え直す!」


「敵ですよ!? そもそも、ぷるぷるなのがスライムのアイデンティティですよ??」


◇ ◇ ◇ 


 そして、十分後――。

 草原には筋トレに励むスライム軍団と、その中央で腕組みをする大佐の姿があった。私はもはや突っ込む気力も失い、ただただその光景を生温かく見つめていた。


 結局、筋トレはその後、数時間続いた。


 スライムたちは満足そうにぷるぷると震えていた。最終的には全員、ぷよっとした体の中央に、ほんのりとしたシックスパックを手に入れたらしい。

 感慨深そうにその様子を確認した大佐が、高らかに宣言する。 


「よし! 次はプロテインだな!」


「いつまで続くんですかぁ!」


 かくしてチュートリアル任務は、筋肉スライム軍団を作り上げて終了したのだった!

 これはミッションコンプリート……なのかなぁ!?


◆ ◆ ◆


チュートリアル編、終了です!

次回、大事件が起こります!

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