金は異世界の回り物！ 〜TS転生虚弱美少女は大量スキルで稼ぎたい〜

第2話 そんなところで禍福を糾うな

　目を開けると、そこは見知らぬ洋室だった。

　例えるのであれば、幼い頃に訪れた東京だか千葉だかよく分からないテーマパーク内の高級ホテルの客室のような、そんな上品さを纏った部屋。

　整理整頓の整った、すごく綺麗な部屋だ。

「……わ、本当に転生したんですね、私……」

　ふわふわと柔らかいベッドから身体を起こすなり、そんな言葉が思わず口をついた。

　しかもご丁寧に美少女翻訳まで付いている。

　声は透き通るようなアニメ声で、系統で言えばちょい生意気敬語系後輩の味。

　これが俺の声かぁ、と1人でにんまりした。

「えっと……これ、本当に私の身体ですよね……？」

　次に確認したのは、身体の感覚。

　手のひらをグーパーし、足先をバタバタと動かす俺。

　おそらく通信販売とかで売っているエセ高級布団とは違う、本当にお高そうな感じの羽毛布団の中に収まった手足には、おそらく前世から引き継いでしまったであろう忌まわしき末端冷え性と思わしき症状がある。

　どうやら今の俺はちゃんと虚弱なタイプの虚弱美少女らしい。

　とはいえこればっかりはどうしようもないのでと切り替え、いよいよ全男子高校生が憧れるTS転生の醍醐味へ。

　俺はちょっとした恐れと一緒に「ぐへへ」なんて品のない興奮も抱きながら、ゆっくりと布団を剥いだ。

「……あ、あれ……？案外、というか……？」

　隠していても仕方ない、この際率直に言おう。

　かなり物足りない光景だった。

　そこにあったのは、生涯純潔を貫いた誇り高き男子高校生の俺が期待していたものではなかったのだ。

　いや、異きょ……宗派が違う人達が言いたいこともよく分かる。

　そりゃあ、病弱美少女があんまり大きすぎてもアレだが、でも脱いだら結構しっかりある、くらいが嬉しいものだ。

　俺はどちらかと言えば大きい方が好きだし、どちらかと言わなくても大きい方が好きだし。

　しかし、そこに映っていたのは、この目が映していたのは、僅かに確認できるかどうか程度のほんの僅かなワンピースの膨らみのみ。

　その細い身体は最早大きい小さいよりも先に「幼い」という感想がよぎる程だった。

「え、いや……まさか……？」

　俺は辺りをキョロキョロと見回す。

　どうせTS転生なら姿見鏡くらい部屋にあるだろうというご都合主義のメタ読みだったが見事的中。

　部屋の片隅に鎮座するドレッサーはまるでチュートリアルのごとく「こっちだよ！」と手招きしているかのよう。

　キラキラと輝く空気を纏ったそれも布団に負けず劣らずの高級感を醸し出している。

　俺は意を決してベッドを降りると、そこまで駆け寄った。

　トテトテといった感じの軽さと幼さを感じるような足取りに、一層悪い予感を感じざるを得ない。

　ソシャゲのガチャで確定演出が出たと思ったらじゃない方だった、みたいな、言語化が難しいけどそういう感覚だ。

　そしてドレッサーの椅子に腰掛けた俺は意を決して顔を上げ、鏡の中へと目を向けた。

「……え？」

　「マジで？」と俺は思わず鏡に映った俺に問いかけた。

　第一印象で言えば、大人びているように見える。

　ただ、それはあくまでも「大人びている」であり、大人ではない。

　なんならその「大人びている」は妹の友達を褒める時に使うような感じであり、決して一般的な学園アニメの中にいるクラスの美人委員長とかそういった感じではない。

　まあ、当然も当然のことだろう。

　だって鏡に映った俺は、どれだけ高く見積もっても小学生程度であったのだから。

　「え？いや、その……え？は？待って？」

　いや、確かに少女の範囲は広い。

　児童福祉法では小１から高３、民法では18未満、少年法では20未満、そして律令制では数え年17〜20までが少女として扱われる。

　だが、だがだ。

　異世界転生とかTS転生という文面のみで想像するのは大体高校生、即ち15~18が普通だろう。

　これは決して否定される意見でもなければ、こちらの見立てが甘いと責められる事案ではないはずだ。

　だが今の俺はどうだろうか。

　どう見ても10かそこらの外見から分かるのは、あの神様少女及び天界は律令制を判断基準として採用していないことだけ。

　断固として主張しておくが、俺は百歩譲って一般的な範囲のロリコンも併発しているとしても、ロリになりたいとは微塵も思ったことがない。

　俺は決して末期のロリコンではないのだ。

　「え……冗談ですよね？」と戸惑う声は相変わらずのアニメ声である。

　なんかわからせでもされたみたいな台詞だが、そんなことは断じてない……とは言い切れないかもしれない。

　いや、言い訳してもしょうがないか。

　現に俺は女子小学生サイズであり、それが今理解できる数少ない事実なのだ。

　合法ロリとかは流石に見た目カタログのタイミングで説明されるだろうから、成長過程と考えるのが自然だろう……とも思ったが、あのちょっとポンコツ気味な彼女なら説明しそびれていたりしても納得がいく、残念ながらいってしまう。

　これはまずい、流石にまずい、世間ではロリコンが人権を得つつあるとはいえそれは正直健全ではないような気もしている、なんとか状況を把握しなければと俺は視界の端から端までの視線のローラー作戦、総当たりの裏技を決行する。

　天井、壁紙と辿る中で目に入ったのは先程は死角となっていた、ベッドの横のスペースに並んだ幾つかの紙袋。。

　妙に見慣れたそれは、確かあの時彼女がスキルの説明書を入れていたもの。

　もしかしたら何か追加情報的なものがあるかもと俺はドレッサーの椅子から立ち上がった。

「んっ……えっと、こっちが戦闘用で、これが専門職的なやつで……」

この身体には少々重い袋を引きずってから、私は部屋の中心にその中身を広げた。

　大雑把ではあるが手描きイラスト付きの付箋に寄ってきちんと仕分けされた説明書の数々。

　あの娘さてはA型だな？なんてことを考えながら捜索していると、俺は中から一つの見慣れないファイルを引き当てた。

　表紙に貼られた付箋には「設定集」と書いてある。

　ファイルと言ってもクリアファイルではなく、自称進学校がプリント用に要求してくる感じのルーズリーフとか閉じれるタイプの分厚いファイル。

　もしかしたら、バインダーという方が適切かもしれない。

　そんなことはさておき、俺は割と縋るような思いでファイルを開く。

　それも当然、まだこの世界に転生して一時間そこらの俺にとって、情報源はそれしかないのだから。

　新作ゲームと同時発売の攻略本と同じくらいの期待を抱きながら、覚悟して俺はページを捲った。

「えっと、目次目次……」

◇◇◇

　これも率直に言おう。

　素晴らしい出来だった。

　惜しむことのない最大限の感謝と拍手を贈りたい。

　企業wikiではない、トップランカーが淡々と、けれども詳細に情報を記してくれている個人ブログとかサイトみたいな、そういった感じの素晴らしい攻略本だった。

　パラパラと捲って見てみただけでもこの転生先の世界観から、ここまでの俺の人生、俺を含む今までその人生に関わった人間のプロフィール、用語集なんかもついていて、攻略本としてどころか読み物としても良く出来ている。

　いや、ありがたい、本当にありがたい。

　もし某アルファベット一文字SNSだったら真っ先にブックマークを押しているレベルだし、リツイートも引用リツイートもするし、多分数年後にスクショがバズるレベル。

　俺はファイルをぎゅっと抱きしめて床に寝転がる。

「ああ、神様ありがとうございま──」

「朝からお祈りとは律儀ですねマイ様」

　「あんなクソダルいのに精を出してる輩がいるとかほんと信じられません」と扉を開けてこちらを覗き込んだ、洒落たアレンジのメイド服を身に纏った彼女は世の中の宗教の大半に喧嘩を売っている。

　いや、チラ見した説明書曰くそれが彼女の平常運転のようなのだが。

　彼女はノアといって、俺専属の毒吐き系美人寄り美少女メイド。

　カチューシャ編みした明るめの茶髪がトレードマークの美形。

　超スレンダー。

　そして今更だが、説明書によると俺の名前はマイ。

　本名はマイ・アーロトス。

　恐竜みたいな名字だな、くらいの感想しかないが、一応貴族らしい。

　案の定現在12歳。

　まあ余ってる寿命とか徳で貴族になれるなら万々歳だろうか。

「じゃ、私朝ごはん作ってきますから。マイ様はパンケーキとかで良いですよね？」

「あ、私少し遅れちゃうかもですけど……」

「それなら持ってきますよ」

「じゃあ、それでお願いします」

「了解しました」

　「今日も労働最悪だ〜♪」なんて口ずさみながら去っていくノア。

　よくもまあ貴族の親があんな感じのメイドを娘に付けたな、なんて考えながら俺は再びファイルを捲り始める。

　さっき確認したのは多少の登場人物のみだったから、今度はこれまでの俺の人生でも見ようかと目次を参照してパラパラとページを捲る。

　特別コースとかいうつよつよ異世界転生の俺だ、きっと神童とかそんな感じで恥ずかしくなるほどの美辞麗句とかSNSに上げたら特定界隈から叩かれてしまいそうな親からの愛されエピソードみたいなので満たされているだろう。

　恥ずかしさとかそういう感じのアレと同時にニヤニヤも止まらない。

　風邪引いて学校休んだのにこっそりやるゲームくらいウキウキするのは自らの幼さのせいだと思っておこう。

「ふふっ、どうなってるでしょうか……」

　中流貴族、アーロトス家に第二子として誕生。母シーチェによってマイと名付けられる。

「うんうん」

　1歳の誕生日、父モーゼから誕生日プレゼントに専属メイドとしてノアを付けられる。

「うんうん」

　3歳の誕生日、誕生日プレゼントに贈られた領土内から金脈が発見される。

「うんうん」

　6歳の誕生日、兄アミーの逝去に伴って後継者に指名される。

「うん？」

　8歳の誕生日、流行り病にて母のシーチェが逝去。

「……うん？」

　9歳の誕生日、父モーゼが海難事故により逝去。

　それに伴ってアーロトス家の当主の座に着く。遺言より専属メイドのノアが後見人となる。

「……え？」

　ヤバい、ハードモードだ。

　ひょっとしてこの世界シリアスか？

　頭いっぱいに潰しても潰しても止めどない量の疑問符が浮かぶ。

　いや、確かになろう系では両親亡くなって孤児、みたいなのはそれなりにあるけど……いや、マジで後半の落ち方何？

　6歳とかで打ち切り決まった？

　いや、それにしても酷いだろうと俺は僅かに先程の出来事を思い出す。

「……あ」

　ふと冷や汗が浮かんだ。

　いや、さっきまでは俺は家庭環境とかそういうのに残りの寿命を割いたと思っていたのだ、さっきまでは。

　しかし、人間というのはとても都合がいい記憶をしていて、肝心な時には案外思い出せたりするもの。

　テストの後に急に用語思い出すとか、解法閃くとか。

　そして、そんな人間の1人である俺はあの神様少女の言葉を鮮明に思い出していた。

　そう、「自由に使えるお金」と、彼女は言っていたのだ。

　そりゃあ両親が死んで家督継いでるなら自由に使えるだろう。

　たちの悪い感じで願い叶えるやつって実在するのかよ……。

　というか家庭環境の話全くしてなかったし……。

「パンケーキ出来ましたよ」

「……あ、ノア」

「めっちゃシロップ掛けまくっときました。多分モーゼ様とかが食べたら糖尿病で乙です」

　「あ、もう乙ってましたね」とドギツいブラックジョークで笑う彼女。

　これでもこんな境遇の俺にもまだ仕えてくれているというだけで許せるような気がしてくる。

　やっぱシリアスとはいかなそうだ、と俺は甘ったるいパンケーキを頬張った。

　すっげえ胸焼けした。