第4話 どんな顔の君も好き

 僕の斜め前に座っている新入社員の小森さんは、小動物のような人だ。

 もちろん天然カワイイ系の、だ。

 小森さんの顔よりも大きいんじゃないかっていう特大サイズの丸いパンがお気に入りらしく、週に三回はランチタイムに食べているのを見かける。

 そのときの、幸せそうな顔といったら、見ているこっちまで幸せな気分になれるほどで、僕はメガネの奥からいつもコッソリ観察している。


 普段はホワホワといった擬音がピッタリな小森さんだけど、仕事の電話のときだけは雰囲気が一変する。

「お疲れ様です。経理部の小森です。先週いただいた交際費の申請書なんですけど、不備がありましたので再度提出をお願いします」

『えー、面倒臭いなあ。どうせいつもと同じなんだからさあ、小森さんの方で適当にいい感じに書き直しといてよ』

「それでは困ります。きちんと再提出していただかないと」

『あのさあ、俺忙しいの。そんな書類書いてる時間ないんだってば』

「これは決まりですので。では、明日までによろしくお願いいたします」

 そう言って、有無を言わせず電話を切る。

 背中に物差しでも入っているんじゃないかっていうほど背筋をピンッと伸ばして電話をかけ、終わると一瞬でいつものホワホワに戻るのだ。

 どこにON、OFFスイッチがあるのだろうかと思うほど。

 他部署のスタッフが経理部を訪れた際には、あたりを見回した上で、「小森って奴、おっかねえよな。あれ、鬼の生まれ変わりじゃね?」なんて小声で耳打ちされるのは日常茶飯事。

 もちろん、目の前に当の本人の小森さんがいるのに、だ。

 目の前の小動物な小森さんと、電話中の小森さんがまさか同一人物だとは万にひとつも思わないらしい。

 でも、それでいいんだ。

「ところでさ、あの新人の子、なんて言うの? 今度紹介しろよ」

 目の前の小森さんをチラチラ見ながら再度耳打ちされる。

「小森さんのこと?」

 そう返したときの青ざめた表情を見るのが、僕の密かな楽しみだ。

 性格が悪いなんて言うなよ? 他人の悪口を言う奴が一番悪いんだから。

 僕はもちろん、そんな仕事熱心な彼女のこともコッソリ応援している。


「ただいまー」

 一日の仕事を終え、癒しの我が家に到着だ。

「おかえりなさい雄太君。私も今帰ったとこなんだけど、今日の晩ごはん、どうする?」

 先に帰っていた実咲が、玄関まで出迎えてくれる。

「それじゃあ今日は僕がなんか適当に作ろうか?」

「ありがとう、うれしい♡」

 語尾にハートマークがついているのが見えるようで、それだけで満足だ。

「ねえ、今日も私、お仕事頑張ってたでしょ? 褒めてくれないの?」

「うん、よく頑張ってたね」

 催促してくる彼女の頭を「えらい、えらい」と撫でてやると、実咲がぎゅっと抱きついてくる。

「えへへっ、ありがとう、雄太君♡ これで明日も頑張れる」

 三つ年下の小森実咲と付き合い始めたのは大学四年生の頃のこと。

 実咲が社会人になったのと同時に同棲を始め、約半年。

 自宅にいるときだけは、コッソリではなく堂々と彼女のことを愛している。

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