秋の夜長前に・・・。

吉高 都司 (ヨシダカ ツツジ)

第1話

タバコをやめて、何年になるだろうか。

粋って、背伸びして、なけなしのアルバイト代を切り詰めて買ったタバコ。

ライターの火の調節が上手に出来なくて、まつ毛を焦がしたのも、昔。


今では、どこか物悲しい。

決して、戻らない。


長い、メンソール系のタバコを吸っていた年上の女性。

多分、その貴女に憧れていたのかもしれない。

吸い終わった後に、灰皿に残されたルージュの付いた吸い殻。

残して立ち去った後、それを見て胸の奥がざわついたのは、自分が子供だった証。

あまりにも、年齢も、立場も何もかも届かなかった。

背伸びには、限度がある。

弄ぶには、良いおもちゃだったと思う。

が、想像しているような悲劇は特に、起こらず、ドラマも無かった。

現実を、自分の足元に見るように、との餞別だったのだろうか。

物悲し気な、笑顔を最後に彼女は去って行った。


今では、懐かしい。

決して、戻らない。


同じ学校で、帰りによく一緒に帰っていた。

夢を語りながら、お互い誓うまではいかなかったが、それを出来るほど大人ではなかったのだろう。

誓っているつもりはなくても、それが誓っていたことに、なっているようにと、未来に臆病な子供だったのだろう。

時々、その時の事を思いながらタバコに火をつける、相変わらず火の調節は下手だ。

立つ煙に思いを馳せ、あの時の俺とあいつは今どの辺だろうと、もう一度煙を吐いてみる。

今では、煙が出ない燃やさないタバコがあるらしい、詳しくは知らないが。


今は、どうだろう。

決して、戻らない。


一端に家庭を持ち、子供に手を焼きながら、本棚の一番上のケースの中にあるタバコを手に取り、ベランダに向かう。

相変わらず、火の調節は下手だ。

ベランダから部屋の中を見ると、子供に手を焼いている妻の姿があった。

窓は閉めているから、部屋のは漏れてこず、無音で中のやり取りが見える。

不思議な気分。

この向こうが、自分にとっての全て。

深く吸って、月に向かって吐いた。

夜のまにまに、流れて薄くなって消えていった。

当然、その分タバコは燃えて短くなり、やがて無くなる。

窓の向こうで、妻が中に入るようにと、手招き。

子供を座らせ、晩御飯の準備が整ったよう。

手に持っている、空き缶に吸い殻を入れ、部屋に入った。


今は、決して。


昔ながらの着火して、吸うタバコが良いとは言わないけれど、私は彼で良かったと思っている。

中々、席に着かない子供をあやして、何とか食べる準備をし、ベランダでタバコを吸っている彼を中に入るよう手招きをした。









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