第37話 決戦の舞台

 混沌の怪物が咆哮を上げ、無数の眼から光線を放つ。

 その光はコードの断片を穿ち、虚空にひび割れを生じさせる。運営者は必死にペンを走らせ、次々とコードを書き換えては防御の障壁を生み出すが、それすらも怪物の暴威に押し潰されていった。


「くっ……!」

 

 運営者の声が震える。

 その隙を逃さず、ラミアが杖を振りかざす。


「砕けよ、虚無の殻!」


 漆黒の稲妻が迸り、障壁を破壊する。俺はその瞬間を見逃さず、剣を振り抜いた。

 刃が閃き、運営者の身体を浅く斬り裂く。

 文字列の血のようなものが飛び散り、虚空に消えていった。


「ぐっ……! 異物め……!」


 運営者は怒りと焦りに満ちた表情を浮かべる。

 その姿はもはや神などではなく、一人の追い詰められた存在に過ぎなかった。


「終わりだ、運営!」

 

 俺が叫び、さらに間合いを詰めようとした、その瞬間だった。


「……ならば、決戦の舞台を用意しよう」


 低く呟かれた声と同時に、世界が大きく揺らいだ。

 虚無の光が膨れ上がり、足元のコードの床が砕け散る。

 俺とラミアの身体は抗えぬ力に引きずり込まれ、眩い閃光の中へと飲み込まれていった。


 次に目を開けたとき、俺は見覚えのある場所に立っていた。

 空に浮かぶ数多の島々。崩れ落ち、再生し、また崩れていく。無限に繰り返される崩壊と再生の舞台――ゲーム〈ラミアズ・テンペスト〉の最終決戦ステージ。


「ここは……!」

「余と貴様が戦ったあの場所……!」


 ラミアの声に重苦しい響きが混じる。彼女にとっては、自らが“魔王”として討たれる宿命を背負った舞台。

 運営者はその空間の中央に立ち、勝ち誇ったように笑った。


「ここは完璧なゲーム世界。お前たちが使っていた理不尽な力は、ここでは通用しない」


 瞬間、全身を包んでいたリスポーンの力の流れが途切れるのを感じた。

 身体の奥に眠る異能が、まるで鎖で縛られたように沈黙する。


「ちっ……! 理を超えた力が……封じられた……!」


 ラミアも歯噛みしていた。

 虚無空間で振るった世界の理を書き換えるほどの魔力が削ぎ落とされ、彼女の魂に刻まれた「魔王」としての 原作設定オリジナルスペックだけが残されている。


 崩れゆく浮島の上、俺たちは再び不利な戦場に立たされたのだった。


「気をつけろ、ルーカス!」

 

 ラミアの声が鋭く飛ぶ。次の瞬間、天を裂く閃光が俺の頭上に叩きつけられた。

 咄嗟に横へ飛び、島の岩肌をえぐる光線を見送る。地面は抉れ、崩れ、島全体が揺らぐ。


「この力……『魔王ラミア』そのものか!」

 

 俺は息を切らしながら叫ぶ。運営者は無機質な笑みを浮かべていた。


「そうだ。私はこのゲームのラスボスの力を完全に再現した。お前たちを倒すために、最も完璧な設定でな」


「くだらぬ猿真似を」

 

 ラミアが冷たく言い放つ。運営者は浮遊しながら両手を広げ、虚無の波動を放った。幾本もの黒い閃光が同時に降り注ぎ、島々を次々に吹き飛ばしていく。


「来るぞ! あれは“絶望の三連星”! 最後の光線の後に1.2秒の硬直がある!」


 俺の叫びに応じ、ラミアはその完璧なタイミングで前に出た。


「喰らえ!」

 

 黒い槍が閃き、運営者の障壁を撃ち抜く。その身体がよろめき、呻き声が漏れた。


「貴様……何故、私の動きが読める……!」

 

「お前は大きなミスを犯したな、運営」

 

 俺は息を荒げながら言い放つ。

 

「自分の土俵のつもりだろうが、ここは俺が世界で一番知り尽くした場所だ! ゲーム世界に自らしゃしゃり出るとはな……この世界最速RTA走者の前で!」


 運営者の顔がわずかに歪む。その隙に、俺は島の中央に立つ巨大な柱を指差した。

 このステージの攻略法は知っている。魔王ラミアを倒す唯一のギミック。


「ラミア、あの柱を壊す! 俺には攻略法が分かる。けど、あれを破壊するだけのパワーがない! お前の力が必要だ!」


「……ふん。余一人では、この忌々しい舞台をどうすれば破壊できるか分からなかった。だが、貴様の眼があれば話は別だ!」


 俺のナビゲートと、彼女の圧倒的な火力。二人の力が今、一つになる。


「ラミア、下がれ!」

「承知!」


 俺の合図と寸分違わず、ラミアが凝縮した魔力を柱の根元に叩き込む。轟音と共に柱が軋み、崩れ落ちた。

 重力に引かれた巨石の柱は一直線に運営者の背へと倒れ込む。


「なっ――!」


 避けきれず、運営者は直撃を受けた。世界を震わせるほどの衝撃音。

 彼の身体が砕け、光の断片を撒き散らす。


「これで終わりじゃないぞ!」


 俺は続けて駆け出し、瓦礫の中から立ち上がろうとする運営者へ剣を突き立てた。

 ラミアの黒炎が追撃し、炎と光が絡み合って炸裂する。


「ぐ、うぅぅぅぅ……!」

 

 断末魔が崩れゆく浮島に響いた。


 だが――まだだ。

 運営者は全身を覆うコードの断片を必死に走らせ、再生を試みる。


「この世界は私が掌握している……! 柱を倒されても、このステージごと再生されるのだ!」


 確かに島々は崩れても再び形成される。だが、それも俺にとっては想定内だ。

「なら、その再生のループごと利用してやる! これが俺たちの最後の連携技だ!」


 再生直後の足場を踏み台にし、跳躍。

 ラミアが魔力の風を送り、俺の身体をさらに押し上げる。

 宙に舞った俺の剣が、運営者の頭上へ振り下ろされた。


「うおおおおおっ!」


 剣が運営者を貫き、ラミアの魔法が同時に炸裂する。

 虚空に悲鳴がこだまし、崩れゆく島々が赤く照らされた。


 俺とラミアは肩を並べ、砕け散る敵を見下ろす。

 戦場そのものを利用し、絶望的な魔王の攻撃を逆手に取ったこの連携――それは、俺たちがただの勇者や魔王ではなく、二人で一つの最強のバディだという証だった。

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