第24話 聖騎士団
神殿から命からがら抜け出し、夜明け前の曇天の下、俺とラミアは荒野を走っていた。
背後からは、規則正しく響く馬蹄の音と、甲冑がぶつかり合う冷たい金属音。振り返らずとも分かる。教会の追手――神殿の騎士たちが、既にここまで迫っていた。
「しつこい連中だ……!」
肩で息をしながら、俺は悪態をつく。
隣を走るラミアは、その長い外套を翻しながら、平然とした顔を保っている。だが、その横顔に浮かぶのは焦りではなく、静かな怒りだった。
「余に挑みかかるか、下郎どもが。だが今は立ち止まるわけにはいかぬ。王都まで走るぞ、ルーカス」
王都。それが、俺が咄嗟に導き出した、現状を打開しうる唯一の答えだった。
本来のゲーム、〈ラミアズ・テンペスト〉の
ならば、その
「ラミア、頼む。お前の力で魔物を……王都に放ってくれ!」
俺の言葉に、ラミアの金色の瞳が細く、鋭くなる。
「……よかろう。余の力がどれほどのものか、人間どもに改めて思い知らせてやる」
彼女は走るのをやめ、荒野に毅然と立ち、両手を広げた。低く、しかし地の底から響くような古代語の呪文を紡ぐ。空気が震え、大地が呻き、やがて地面に黒い亀裂が幾筋も走った。
そこから、瘴気を纏った影の兵士や、牙を剥き出しにした魔獣など、無数の魔物が這い出てくる。
しかし――その瞬間。
「聖なる御名のもとに、不浄なる者どもを滅せよ!」
空が裂けるような号令が響いた。王都の門前に待ち構えていた騎士の一団が、一斉に祈りを捧げる。
彼らが纏うのは、神殿で見たのと同じ白い法衣をベースにした「神殿騎士」の軽装鎧。ゲームにも登場した、聖職者系の戦闘キャラだ。
彼らが掲げた聖印がまばゆく輝き、天から浄化の光が降り注いだ。
次の瞬間、召喚された魔物たちは、その光に触れた瞬間に燃え尽きるように灰と化していく。獰猛な咆哮も断末魔も許されず、ただ一方的に消滅させられた。
「なっ……!」
俺は言葉を失った。
「余の眷属が……こうも容易く……!」
ラミアの声にも、初めて動揺が滲む。
その神殿騎士たちの列を割り、ゆらりと前に進み出てくる者たちがいた。
彼らは自らを「聖騎士団」と名乗る。
神話から抜け出たかのように、全身を鏡面のような白銀の甲冑で覆い、手には聖なる光を纏った長剣を携えている。こんなキャラ、ゲームには登場しないはずだ。
「勇者ルーカス、魔王ラミア。神の御前において、その存在は許されぬ!」
騎士団長らしき男が、声高に宣言した。
次の瞬間、戦いは始まった。
「思い上がるなよ、人間ども!」
ラミアが膨大な魔力を放つ。黒雷が大地を裂き、夜のような闇が辺りを覆う。神殿騎士たちはひとたまりもなく闇に飲み込まれ、悲鳴を上げて倒れていく。
だが、白銀の聖騎士たちは怯まず、祈りの声と共に光の障壁を展開し、ラミアの闇を押し返した。
閃光が走り、白銀の剣が一斉に振り下ろされる。俺はとっさに剣を抜き、正面からの一撃を受け止める。凄まじい衝撃に腕が痺れ、数歩後退させられた。
「くそっ……!」
ラミアの背後から、数人の聖騎士が回り込む。だが彼女は振り返らず、低く呟いた。
「闇に沈め――《
地面そのものが爆ぜ、漆黒の煉獄の炎が聖騎士たちを飲み込む。神殿騎士であれば跡形もなく消し炭になるはずの、ラミアの必殺魔法。
だが、聖なる鎧は炎をたやすく弾き、表面にわずかな焦げ跡しか残さない。
「余の炎が……ここまで通じぬとは……!」
ラミアの額に汗が滲んでいた。その姿を見て、俺は悟った。
(なんだ……!? あの鎧……ダメージ計算がおかしい。聖属性の防御バフがかかってるのは分かる。だが、それにしても減衰率が異常だ。まるで……
この戦い、勝ち目はない。
それでも必死に剣を振るい、ラミアと背中を合わせて応戦する。聖なる光と闇の魔力が交錯し、轟音と閃光が夜明け前の空を裂いた。
やがて、俺の剣は弾き飛ばされ、がら空きになった胴体に聖騎士の剣が迫る。その肩を、ラミアが掴んで引き寄せた。
「ルーカス、退くぞ! ここで討たれては本末転倒だ!」
「だが……
「見ろ!」
ラミアが叫んだ。俺が顔を上げると、王都の城壁の上には、さらに数百の聖騎士が整列し、こちらに光の弓を向けていた。
これでは、王都を混乱に陥れるどころか、俺たちがここで一方的に討たれるだけだ。
俺のRTA知識は、神の前ではただの罠でしかなかった。
俺は唇を噛みしめた。
「……分かった。ここは、諦める」
ラミアの目が細められる。
「賢明な判断だ。王国の地は、既に教会の掌の内。ならば、次に目指すべきは……帝国よ」
帝国。
本来のゲーム
俺は弾かれた剣を拾い上げ、ラミアに頷いた。
「……帝国へ行こう。今はもう、そこに逃げるしか……道がない」
二人で同時に身を翻し、荒野へと駆け出す。背後では聖騎士団が追撃の声を上げたが、ラミアが最後の力を振り絞って放った漆黒の魔力の壁が彼らの視界を覆い、その隙に俺たちは夜明けの薄闇へと逃げ延びた。
――
だが、それでも進むしかない。俺は息を切らしながら、自分にそう言い聞かせた。
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