地球最後 の 天気予報(990文字)

紅戸ベニ

第1話 地球最後 の 天気予報

(※ほんの少し、「だましのトリック」が入っています)



 最後の宇宙船が、地球を離れる。


 カメラは宇宙船の外についているので、内部からでも景色を見ることができる。

 エンジンの音が私の耳をつんざく――

 宇宙船の予算は防音にはあまり費やせなかったようだ。


「さよなら。ぼくのこと、どうか忘れないで。ぼくも、君を忘れない」


 わたしに告げた、恋人の言葉。

 地球は終わる。宇宙の光となって消える。

 ――いとしくて、憎い。彼の言葉も。

 いやその前に、重力によってこの故郷の星は引き裂かれる。バラバラになって宇宙の岩塊がんかいに変わってしまうはずだ。太陽の輝きで、黒い染みになってける。

 その理由は、突然起こった太陽系内の異常だ。

 

 暴走した天体は、地球を巻き込んで公転軌道を大きくずらし、太陽にまっさかさまに突っこむ。


『予報です。先に星がくだけて、それはそれは見事な流星の雨を地球に降らすでしょう』


『夜空が明るく、まるで星屑ほしくずのスパークで照らされたパーティ会場のようになるでしょう』


 あらゆる科学者も量子コンピューターも絶対に外れないと保証する。 

 史上最悪の「明日の天気予報」。



 宇宙船外カメラからの映像を、わたしは見つめている。

 ――地球の風景をこうして、最後まで見ることができる。

 わたしの両手は、画面のふちをしっかりと握っている。

 画面に映る景色は、大勢の人、人、人。だれも彼もが地球の最後をなげき悲しみ、自分や家族を宇宙船に乗せてくれと、こちらに向かって叫んでいる。手を振り上げ、涙を流している。

 いつか映画でも、こんな景色を見たことがある。今この手の中の画面に映るのは、その終末の再現――いや、これが原型だ。

 宇宙船はもう点火して、二度と大地に帰らない。もう誰一人乗せることはできない。


  #    #    #


 イヤホンには噴射音ふんしゃおん。人々の声は、聞こえない。

 手の中の画面は、四角くて、とても手触てざわりがよかった。鉱物ガラス製だ。


 わたしと恋人と、ふたりとも宇宙船に乗って脱出することはできないとわかっていた。なぜって、宇宙船に乗れるのはどこかで子孫を残せる個体だけだから。


 わたしは、宇宙船に乗れない。その機能をそこなった体だから。


 恋人だった人、あなたは生きてね。誰かと。

 わたしは「画面」を閉じ、イヤホンを抜く。ライブ配信が途切とぎれた。



 振り返って空を見上げる。

 恋人の乗った宇宙船が遠ざかっていく彼方かなたを、見つめていた。いつまでも――


 最後の宇宙船が、地球を離れる。そのエンジンの音はもう遠くてかすか――




  (了)


(※「宇宙船で脱出する主人公」、と読んでいただけていたなら、トリック成功でした。だましてたいへんもうしわけありません)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地球最後 の 天気予報(990文字) 紅戸ベニ @cogitatio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ