天女の住む時計台

Rotten flower

第1話

雨が傘に跳ねる音が響いた。腕時計を見ても十一時半を指して動かない。さっと前を向くと空から光の筋が伸びているところがあった。この列はそこに向かって並んでいる。

私がその列に並んだのは何気ない、噂でしかなかった。「そこに並べば生まれ変われるらしい」と単なる信憑性しんぴょうせいもないもの。少し興味本位で並んでみたらかれこれ二十六時間は並んでいるだろうか。

前を見るとあと二十人ほどになっている。後ろを振り返ると百人ほど、階段の下にまで届くくらいに並んでいた。

一つ、前に空白ができると私はその隙間を埋めた。


時計というものは忙しい。外側を一周したと思ったらまた、新たな一周が始まる。それがいくら時間がかかろうと歩みを止めることはほとんどない。それでも、暇を与えず次がまた始まってしまうのだ。


といつか読んだ本の謎深い文章が脳内に飛び込んできた。不思議に思うかもしれないがここに並んでからはそんなことばかりだ。いつか、どこかで見たような、日常が脳内に浮かんでは消える。

ふと、前から一人の男が気分を悪くして降りてくる。不思議に思っていると彼は階段下を俯いた。

きっとそれを埋めるためだけに列はまた一つ進む。


また一つ。




また一つと。


最後から二つ目の段になった、階段の続く島には大きな時計台のようなものが見える。

後ろを振り向くともう登ってきた場所は頑張ってみなければならないくらいに遠く離れていた。

私はまた一つ、進んだ。


ある日のことであった。景気の良かった私は少しの休暇を船に乗って楽しむことにした。十四日ほどかけて日本を一周するクルーズに出かけることにした。

その船には区画分けがあって上級室と普通室では部屋の広さからサービスまで全部が違うのであった。

私は勿論、前者を予約すると船の頭のほうに案内された。

その夜、二十二時ごろだろうか、ドンと鈍く大きな音が部屋に響いたかと思うとゆっくりと全体が傾き始めた。頭側が下になって深い海の中にゆっくりと沈んでいく。頑丈な設備な上級室が仇となったのかパニック状態で部屋から出ることもできる私は悶えていった。


その鮮明な記憶に私は気持ち悪さを感じた。

時計台の方へまっすぐ、いや正確には蛇行しながら、徐に、その視界の悪さに耐えながら進む。時計は十一時半を指していた。それをじっくり眺めているとそこからその上からゆっくりと女性がこちら側に飛んでくる。

彼女は私の体をまじまじと見つめるとさっと私をしたへ蹴落とした。

自由落下していくと同時に鐘の音と針の回る音が聞こえた。もう一度鐘の音が聞こえたのは体がドンと硬い感触を覚えたときくらいだった。


あとは……何も思い出せない。暗い、暗い空間の中で私は静かに目覚めを待っていた。

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