「鳴らす影」

人一

「鳴らす影」

うちは家に帰ると、チャイムを鳴らしてから家に入る変なルールがある。

物心ついた頃からずっとしているが、ネットの友人曰く「そんなことをしているのはお前の家だけだ」……らしい。

まぁ、困ることは無いんだし止める理由も無いしで、いつものように続けていた。

――ボタンの掛け違いのように日常が、崩れるあの日までは。


とある日。

ピンポーン

「はい?」

「お母さんよ」

扉を開けると母親が入ってきた。


とある日。

ピンポーン

「はい?」

「ワシだ」

扉を開けると父親が入ってきた。


とある日。

ピンポーン。

「はい?」

「宅配です。」

扉を開けると宅配のお兄さんが立っていた。


とある日。

ピンポーン

「はい?」

「お母さんよ」

扉を開けると母親が入ってきた。


とある日。

ピンポーン

「はい?」

「……」

扉を開けるも誰もいなかった。

――ピンポンダッシュ?


とある日。

ピンポーン

「はい?」

「ワシだ」

扉を開けると父親が入ってきた。


とある日。

ピンポーン

「はい?」

「お母さんよ」

あれ?お母さんは家にいるはずだが……

扉を開けるも誰もいなかった。


とある日。

ピンポーン。

「はい?」

「宅配です。」

扉を開けると宅配のお兄さんが立っていた。


とある日。

ピンポーン

「はい?」

「ワシだ」

まだ昼間なのに、ずいぶん早いな。

扉を開けると父親が入ってきた。


とある日。

ピンポーン

俺は返事をする前に、興味本位でドアスコープを覗いた。

そこには見知らぬ女性が立っていた。

「はい?」

「こんにちは。新聞はいかがですか?」

扉を開けると当然女性が立っていた。


とある日。

ピンポーン

俺は返事をする前に、またドアスコープを覗いた。

視界の端に走り去る小さな影が写った。

「はい?」

「……」

扉を開けるもやはり誰もいなかった。

――この家のドア番は俺なんだから、ピンポンダッシュは、正直困る。

この日からドアスコープを覗く癖がついた……気がする。


とある日。

ピンポーン

ドアスコープを覗くと母親が立っていた。

「はい?」

「お母さんよ」

扉を開けると母親が入ってきた。


とある日。

ピンポーン

ドアスコープを覗くと宅配のお兄さんが立っていた。

「はい?」

「宅配です。」

扉を開けると宅配のお兄さんが立っていた。


とある日。

ピンポーン

ドアスコープを覗くと真っ暗だった。

「はい?」

「……」

扉を開けようとするとやけに重かった。

「うわ!バレた!逃げるぞ!」

子供の声が聞こえたかと思えば、扉は軽くなり転けそうになる。

廊下に出ると、遠くで走り去る足音が響いていた。

――さすがにここ最近イタズラが多いな。

まぁ、手間こそかかれど害は無いし可愛いものだ。と見逃すことにした。


とある日。

ピンポーン

ドアスコープを覗くと父親が立っていた。

「はい?」

「ワシだ」

扉を開けると父親が入ってきた。


とある日。

ピンポーン

ドアスコープを覗くと真っ暗だった。

「はい?」

「……」

扉を開けるも誰もいなかった。

子供の足音も、大人の影も無く廊下はもぬけの殻だった。

チャイムの調子でも悪いのか?

俺は扉を閉じた。


とある日。

ピンポーン

ドアスコープを覗くと真っ暗だった。

「はい?」

『……俺だよ』

扉の向こうから自分の声が聞こえた。

自分で聞く自分の声は変に聞こえる、と言うがそれにしては歪んでいた気がする。

躊躇いはしたが、またイタズラだろうな。と扉を開けた。


――そこには、俺が立っていた。

『どうしたんだ?チャイムを鳴らせば入っていいんだろう?』

”俺”は扉に手をかけにじり寄ってくる。

目の前の異常事態に、声も出せず固まっている間に”俺”はどんどんと迫り来る。

ついに“俺”の足が敷居を跨いだ。

その時。

自分の鼓動が遠くに聞こえた。

体から力が抜け、何かが入ってくる感覚と共に意識を手放した。


俺は立ち上がり、服のホコリを払った。

「ふぅ……やっと、入れた。」

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「鳴らす影」 人一 @hitoHito93

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