エアーキャット【1分で読める短編集】

仲津麻子

階段の足音

 コトッと小さな音がして、続いて夫が二階へ上がる足音がした。いつものように洗濯物を取り込んでくれたようだ。


 私はゆっくり立ち上がり、廊下に置かれた洗濯かごの横にすわりこむ。二人暮らしの今は洗濯物も少ない。数枚のタオルと数枚の衣類。一枚一枚取り出してはたたんでいく。


 すると、トントントンと階段を降りて来る音がする。顔を上げなくてもそれが彼の足音だとわかる。

 キャットタワーのてっぺんで、おそらく昼寝をしていたのだろう。寝起きでぼんやりした目つきをしているはずだ。


 規則正しくリズミカルに響く足音。ドンと最後の一段を踏みならしてから静かに近づいて来る。フンフンと洗濯物のニオイをかぐ気配。小首をかしげて、おもむろに洗濯かごへ飛び込む音。


 まだタオルが一枚残っていたのにと顔を上げると、彼はしたり顔で見上げる。叱ろうとして開けた私の口元が笑いの形に変わる。クスクス笑いがもれる。

 

 ニャーン、大きな体には似合わない可愛い澄んだ声がする。私はあふれ出てくる感情をなだめるように、しばし目を閉じて胸を押さえる。


 フウと息を吐いてたたみ終えた洗濯物を抱えて立ち上がると、彼は廊下の端に寄せてあるカーテンへもぐりこんで庭を眺めている。カーテンからはみ出した長い尻尾がゆらゆら楽しそうに揺れている。


 数え切れないほど繰り返してきた日々。私の中にも、わが家の空間にも染みついていて、簡単に消すことができない。


 夕刻、夏の日射しが少しゆるんだ頃、花壇の水やりを終えた足で、私は庭の隅へ歩いて行く。 

 ほんのり盛り上がった土に、小さな黒いプラスチックの墓標と「虹の橋」を模した陶器のオブジェ。生まれてから一度も土の上に立ったことがなかった彼は、今、やわらかい土の中に眠っている。


 ありがとう、忘れない。あなたと過ごした幸せな日々。

 そっと手を合わせる。


(終)

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