絡みつく
冷蔵庫をあけた。
隙間が少し増えてしまった。
どこもかしこも、いた名残だけが主張する。
──野菜室を開いてみる、何かあったかな。
自分自分が好きだったことも嫌いだったことも、わからない。
──そうか、最初から知らなかったんだな。
膝をついて地べたにしゃがみ込む、缶ビールが転がった、きっと泡立ってしまうだろう。
でも、そんなことはどうだっていい。
この部屋の中には歪な隙間が増えてしまった。
落下した心に目を背け、リビングへ移動してベランダを眺める。
カラリと戸をあけて、夜風にあたる。
なんてことはない。
ただの街並み。そう、ただの街並みだ。
特別ではないし、これからも特別にはなれない景色。
ベランダからリビングを振り返れば、まず視界にはソファが映る。
よくソファでくつろいで丸まっている姿をよくみたっけ。
──あれから、どのくらい経ってしまったんだろう?
お気に入りのクッションの主は、きっと、もう現れない。
お気に入りだった?
ほんとにそうだったのかな。そうであってほしかっただけかもしれないなあ。
テーブルにはキミの作った傷がたくさん。
ソファにも、ラグにも、部屋の至るところに。
──昔はとても軽かった。
いや、そもそも、その時はまだここに住んではいなかったけど。キミのためにかけたお金を惜しいとは一度だって思わなかった。
いつも帰ってくると、ペロリと舌で顔を舐めてくれたね。まさかこんな日が来るとは思わなかったと言えば嘘になる。
キミのじゃれ合いは、キミの成長によって床に押し倒されることも増した。いくらなんでも、そろそろ限界かもしれないと感じた。
キミはお気に入りのぬいぐるみを失くしてからさびしそうにしていたことも覚えている。
キミの選り好みは覚えているのに自分自身の選り好みのことは覚えていないってばかだよなあ。
うっかりドアを施錠し忘れた。
そのせいだ。
キミは悪くないのに。
ソファに座りテレビ画面を眺める。
そこに映された光景に胸が締めつけられていく。
どうして、鍵を閉め忘れたんだろうな。
濡れそぼった、弱々しい体。
今でも感触が残って離れてくれない。
──何度も思い出すんだ。あの日をね。
あれから、後悔してる。
気づいたら遅かった、遅かったんだ。
キミは冷たい思いをしたに違いない。
キミのことだ、あの日もきっと追いかけようとしてたんだろう?
車にはねられた時、何度も救けを請うたのだろう。けれど、誰も彼もキミを気にかけてくれなかったんだね。
──自分自身のことに手一杯でだめ、だった。
この部屋の主がもういないことも、知らないだろう?
おそらく僕は地獄行き、キミはきっと天国だ。
僕もいたかった。
キミはもっといたかったかな?
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