四季患い(仮)

はすみらいと

きみ患い

 貴方と過ごした時間や日々、そして貴方と添い寝したかけがえのない時間。


 どれを切り取っても、楽しかったと言えるのに、そこにつけるべき感情の名前は、過去にも現在にも、そして未来でも、ひとつとして見つからなかった。


 たとえば、愛情とか恋と呼ぶには、不確かで無機質だったような気がする。


 貴方は私にいったいどんな感情を抱えていたのだろうと思ったのは、貴方が亡くなった葬式でのことで。


 悲しいとは思うし切なくなるのに、愛おしいと思えるのに、そこに愛や恋だのというラベルは違和感がもたげてしまう。


 一過性の病と呼べばしっくりくるけど、病名はなにひとつとして思い浮かぶことはないまま時間だけが過ぎていってしまった。


 なんでもない些細なことに共に笑い合い、駄弁って、慈しむ。


 痛くてたまらないこの傷を憂うには、遅く致命的な時間の経過、蝕んで今度は私が患い、同じように感じてくれる人はやはりいないのです。


 使い古した切符を手に列車に乗り込み腰掛け、私は車窓を眺める。


「今日も見つからなかった」


 急ぐわけでもないのに、数駅目で乱雑にプラットホームへ、荷物片手に降り立つ。


 知らない駅の知らないホテル、知らないホテルの一室。窓から見える見覚えのあるような街並み。


 薄暗い夜道が好きだった。

 誰もいない何処かの夜道を歩いて、私の足音だけが響く。


 まるで世界を独り占めしたようで、たまらなく好きだった。


 貴方に出会い、共に並び歩く夜道が好きになった。



 貴方が亡くなって、誰もいない夜道は好きになれなかった。何かが欠落し心に出来た空白が、夜道を寂しくさせていく。


 ベッドに生まれた空白が、貴方のいない孤独を私に与えた。


 これは、好きという感情とは違うらしい。

 愛にしては情がない。

 恋と呼べるほどでもない。


 朝が私から貴方を奪っていく。

 夜は貴方から私が消えた。


 昼は人々から時間を奪ってしまう。


「想い返すには時間が足りない」


 乗り込んだ列車には、貴方の面影を乗せる隙間もない。切符は知らない人の足元へ滑り落ち、届かなくなってしまった。


 もしもここに貴方がいたなら、代わりに手を伸ばして「やあ、失礼」そう言って、取ってくれただろう。


 私にはできないから、知らない誰かに手を踏まれ、切符を拾えないで涙を目の端に浮かべる。


 再び知らない駅のプラットホームへ転がり出て降り立つ、私自身のことは何も覚えてはいないでしょう。


 恐らく貴方のことさえ。


 亡霊になった貴方は、記憶の欠片を拾いに列車へ乗り込み、何処かで降り立ち、ホテルにでも泊まるのでしょう。



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