「手紙、書くね」その他

九月ソナタ

手紙、書くね

桜が咲き、三年通った中学も、もうすぐ卒業。

この一年間、いつも並んで帰った道。


その日の菜美子はなぜか無口で、表情はこわばっている。

彼女は勘がいいから、告白しようとする気持ちがわかってしまったのかな。

きっと断られる、と真二はおびえていた。


踏切の前まで来た時、菜美子が口をひらいた。


きたっ。


「ねえ、もし私が遠くに行ったら、どうする?」


「遠いって、どのくらい?」


「ラインが使えないところ」


これって、菜美子式の、別れ方なのかな。

真二は彼女が別れたいのなら、受け入れようと思った。女々しい態度はしたくない。でも、最後まで諦める気はないけれど。


「その時は、手紙を書くよ。菜美子がよかったら。くだらないことばっかりで、飽きるかもしれないけど」


「飽きるなんて、あるはずない」

と彼女は言ったが、その目は笑っていなかった。


電車が通り過ぎるゴオオオという空気を切り裂くような轟音の中で、彼女は肩をいからせて、声を張り上げた。


「父がね、海外転勤になって、家族で中東に行くの!」


えっ。


電車の最後尾が去り、耳の奥にこびりついていた音が消え、小さな旗がついた踏切の遮断機が上がった。

ふたりは何事もなかったかのように、前を向いて歩きだした。


「中東とは、遠いね」


線路の真ん中あたりで、彼が言った。


「遠い過ぎるから、言えなかったわ。行ったら、三年間はあっちだもの。アメリカンスクールにはいるんだよ。英語、できないのに、どうしよう」


彼がうんうんとうなずいた。

「三カ月くらいで、なんとかなるって、帰国女子の春海が言ってたよ」


「春海がそんなこと、言ったの?」

「みんなに言ってたのを聞いたんだ」


「真二は、本当に、手紙、くれる?」


「本当だ。くだらないことばかりで、飽きると思うけど」

「飽きるわけないって、言ったでしょ」


ようやく彼女が笑った。


彼はポケットの中で、今日渡そうとして、まだ渡していない手紙を握りしめた。



               了



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