灯台の約束

子供の頃、章一郎と亜紀はよく丘を登り、灯台まで行った。


「大人になったら、ここで、会おうね」


彼は大学から東京に出て、そこで就職した。最初のITの会社には四年勤めたが、会社が倒産した。半年かかって、ようやく勤め先を見つけた。


最初の会社のボスは人柄がよかったが、事業はうまくいかなかった。二度目はその逆で、若いオーナーは自信家で、儲け方を知っているが、人使いが荒い。おれのやり方がいやなら、やめてもらって結構という態度。


年下の上司から無理難題を押し付けられた上、さんざん叱られた日の夜中、彼はあの灯台のことを突然、思い出した。

章一郎は忙しさに流され、子供時代の約束は記憶の奥に沈んでいたが、忘れてはいなかった。


翌朝、彼はクビになってもよい覚悟で休みを取って、故郷に向かった。


町は変わっていて、丘に登るとも、灯台は老朽化して、閉鎖されていた。

無表情だったが、しばらくたたずんでいると、待っていてくれたようにも見えてきた。


ペンキの剥げた赤い灯台のドアに、折りたたんだ紙切れがはさまっていた。


「今、ここに、来ています。章くんは、いつ来るのかな。アキ」


彼は眉をしかめて、青い空を見上げた。

亜紀ちゃんも、こうして空を見たのかな。


「亜紀ちゃん、ぼくは、ここにいるよ」


ぼくには、亜紀ちゃんに話したいことがたくさんある。

聞きたいこともたくさんあるんだ。


会いたいな。

今、世界で一番会いたいのは、亜紀ちゃんだよ。


ええっ。

灯台のてっぺんに、一瞬、誰かの影が見えた気がした。


「亜紀ちゃんなのかい」

章一郎は大声で叫んだ。


灯台は、何も言わず、ただ海を見下ろしながら、静かにたたずんでいる。


           

             了

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