五秒の分岐点

信号が青に変わるまで、あと五秒。


三谷洋子みたにようこは立ち止まっていた。


握りしめているスマホの画面には「内定通知」の文字。


洋子は迷っている。


夢だった新聞社からの採用通知。

でも、父が入院している病院の近くにある地元企業にも、数日前に内定をもらったばかり。


四秒。

都会へ行けば、夢に近づける。


三秒。

地元に残れば、父のそばにいて看病してあげられ、母の負担が少なくなる。でも、私の夢は遠ざかる。


二秒。

風が吹いた。

去年の両親からのクリスマスプレゼントの赤いマフラーが首に巻いてある。マフラーの先を指で折り曲げる。

これから、長い冬。ますます寒くなるなぁ。


一秒。

信号が青になった。

洋子はスマホをしまい、顎を上げて歩き出した。


選んだのは、夢。


父親が言っていた。洋子とつけたのは、海をわたって活躍する人になってほしいから、と。

洋子は特派員になりたい。

子供の頃から、柔道の先生だった父から仕込まれてきたから、体力には自信がある。戦場ジャーナリストになって、紛争地に行って、現状を報告したい。


しばらくはお母さんが一番大変だと思うけれど、小さな親孝行より、大きな親孝行をさせて。


父は尿管にがんが見つかって、尿管と腎臓をひとつ取った。

腎臓は一つでも、生きていけるから、お父さん、水をたくさん飲んで、生きていてくださいね。ぜったいですよ。



「今は、チャレンジさせてください。いつか、必ず戻りますから」




              了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「手紙、書くね」その他 九月ソナタ @sepstar

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ