「卒業、おめでとう」

Leo.

卒業

三月。卒業式シーズンだというのに、もう桜の花は散り始めていた。

校庭の生徒たちからは、様々な声が聞こえてくる。一方、先程まで式が行われていた体育館からは何も聞こえない。

簡単な、でも彼らにとっては最後のホームルームを終え、俺は文芸部の部室にいた。

そこには、揺れるカーテンの側に制服姿でたたずむ女子生徒が一人。

「先生、最後の作品……読んでくれますか?」

机上に置かれた原稿用紙。それは、鮮血のようにあかいインクで書かれた短編だった。

「ああ。」

軽く返事をして読み始める。


───ある高校の男性教師が、自分が顧問を務める部の部員である女子生徒を殺した。


理由は書かれていない。ただ静かに、淡々と、映画のエンドロールのように死の描写が続いていく。

その文章は、まるで彼女の記憶を追体験しているかのように精密だった。

───俺の、あの日の記憶を呼び起こすには十分すぎるほどに。

「先生、覚えてますか?」

「勿論」


───あの日、彼女は俺の秘密を知ってしまった。

俺は彼女を部室に呼び出し、自殺に見せかけて殺した。幸い、彼女の死体が見つかっても、誰にも犯人が俺であることはバレなかった。

それからおよそ半年間、彼女はずっと俺の傍に居続けた。

夢、自宅、学校など……ありとあらゆる場所で。

……正直、こんなに執念深いとは思っていなかった。

しかし、そんな日々も今日で終わりだ。


原稿を読み終えて顔を上げると、彼女は微笑んだ。

そして、俺の首に手を掛ける。

「私、苦しかったんですよ?先生にロープで首を絞められて、なのに先生は捕まらない。これって不平等じゃないですか。だから、先生にも同じ苦しみを味わってもらおうと思って。」

彼女の力が強まる。

「自分の死の再現、か……。なら、ロープを使うべきじゃないか?」

「細かいところはどうでもいいじゃないですか。死因は同じなんですから。自分を殺した相手への復讐、証拠は私という被害者が書いた小説……この状況、結構面白いと思いませんか?先生」

「……そうだな」

───そっちから近づいてくるなら好都合だ。

俺は反論する彼女の腕を掴み、床に突き倒した。

「きゃっ……!」

小さく悲鳴を上げる彼女を横目に、俺は懐から薬包紙で包んだ塩(一つまみ分)を取り出した。

運の悪いことに、彼女は察しが良い。この塩の用途も理解したのだろう。彼女は絶望し、怯えていた。

「同じ犯人に二回も殺される被害者なんて、フィクションでもそうそういないだろうな。……良い感じにアレンジして、久しぶりに書いてみるか。」

「っ、やめ……!」

光を受けてきらめく結晶が、彼女の霊体からだに触れる。その刹那、彼女は音を立ててき清められていく。

「あ゛っ、あ゛ぁ……ッ、!」

気付けば、彼女は消えていた。声も聞こえず、姿も見えない。


「───卒業、おめでとう。」

机上に残っていた原稿を、俺は静かに鞄に入れた。

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「卒業、おめでとう」 Leo. @Leo0819

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