エピローグ:広瀬 啓介
詩織との一件がひとまず落ち着いてから、ずっと胸に引っかかっていたことがあった。
——美来に、何も話していない。
オレは、美来には隠し事をしないと決めている。
けれど沙良と詩織に関する件は、あまりにも重く、あまりにも複雑だった。
正直、どこから話していいのか分からなかったのだ。
ある晩、仕事から戻り、自宅のリビングで並んでワインを飲んでいたとき、オレはようやく口を開いた。
「美来……オレの昔のことを、少し話しておきたい」
彼女は驚くでもなく、静かに頷いた。
オレは深呼吸をしてから、順番に語り始めた。
——学生時代、沙良という女性と出会い、彼女に支えられていた時期があったこと。
——美来と出会って、彼女と別れる事を決めたこと。
——そしてそれが彼女を傷つけてしまったということ。そのお詫びという意味で、彼女から求められて「友人」としての付き合いはずっと残ってきたということ。
——結局、沙良は別の男性と結婚したが、勤務先の男性と不倫関係となり、その子どもを成してしまったこと。
——沙良は自殺しかねない状況だったので、オレと沙良とで墓場まで持っていく覚悟で、その詩織という子どを生み、育てていく事を決めたこと。
——その詩織とは毎年誕生会を開いて、そこでお祝いする、もう一人のパパ的な存在に自分がなっていたこと。
——亮という夫と、啓介という“もうひとりの父”との間で、詩織が揺れ続けたこと。
すべてを話すうちに、胸の奥にずっと詰まっていた重さが、少しずつ解けていくのを感じた。
語り終えたとき、美来はワインのグラスを置いて、静かに言った。
「……啓ちゃんが昔は女誑しだったことは聞いていたから知っていたけれど、私と出会ってから、そういう人じゃなくなったことも、ちゃんと分かってる」
オレは息を呑んだ。彼女は続ける。
「沙良さんや詩織ちゃんの家族が壊れなかった。それが一番大事なことなんじゃない? ……それにしても」
彼女は小さく笑った。
「もっと早く言えばいいのに。私はそんなことくらいで怒らないよ」
その無邪気な笑顔に、胸の奥が熱くなる。
——やはりオレは間違えなかった。
オレの選んだ唯一無二の人は、やっぱり美来だったのだ。
オレは彼女の手を取り、しっかりと握った。
「ありがとう、美来」
夜景の向こうに灯る光が、静かに瞬いていた。
すべてを語った今も、オレの隣に美来がいる。
——それが何よりの答えだった。
annual event〜もう一人の大切なパパ〜 駄才乃 @bad_taste_osamu
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