第44話:藤沢 亮

 詩織が久しぶりに学校へ行ったその夜、私は彼女と静かに話す時間を持った。

 ——正直、内心は怖かった。

 先日の取り乱し方を思い返すたびに、父親としての自分の浅ましさが胸をえぐる。


 食卓を片付けたあと、居間の灯りの下で向かい合う。

 「……詩織、この前は本当に悪かった」

 私は深く頭を下げた。

 「取り乱して、お前を疑って……父親失格だった。心から謝る」


 詩織はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

 「……もうそのことはいいの」

 その声はあまりに軽やかで、逆に胸を締めつけた。


 けれど彼女は続けた。

 「わたしはお父さんのこと、好きだよ」

 少し笑みを見せながら、しかし瞳は真剣だった。

 「でも……パパは、ずっと小さい頃から憧れていた人なの。だからパパともう会えないなんて、それは絶対にイヤ」


 横で聞いていた沙良が慌てて口を挟む。

 「でも広瀬さんにもご迷惑だし……」


 「もう、お母さんは黙ってて」

 詩織がきっぱりと言った。

 「これは私とパパとの関係のお話だもん」


 そして——言葉はさらに鋭くなった。

 「私はパパが好き。大好き。言っておくけれど、女性として、男性としてのパパが好きってことだからね」


 その瞬間、私は息を呑んだ。

 沙良は椅子に手をつき、目を見開いている。

 「何を言っているの!詩織!」

 「そ、それはさすがに問題が……」

 私は必死に声を絞り出した。


 けれど、詩織は一歩も引かない。

 「そういうことにしたくないなら——私がもう一人のパパとして会いに行くことを認めて」


 堂々としたその物言いに、私は言葉を失った。

 沙良もまた愕然として、反論できない。


 ——いつの間に、こんなに頑な性格の娘に成長してしまったのだろうか。

 この娘の前では、私も沙良も何も言えない。


 父としての威厳など、もうとっくに失われているようにも思うが、もう何もかもが、ただ娘の真っ直ぐな意志の前に打ち砕かれたように感じられた。

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