第42話:藤沢 詩織

 ——「0%」。


 検査結果の紙に記されたその数字を見た瞬間、世界が崩れ落ちる音がした。

 私にとって一番の衝撃だった。


 ずっと信じていた。

 パパは、本当のパパだと。

 だから、そんな素敵なパパの娘として恥じないように、立派な女性になるんだと。


 私の目標は、その一点にあった。

 ——いつかパパの会社に就職して、パパの側で一緒に仕事をする。

 ——休日や時間に余裕がある時は、父娘デートをして、一緒に音楽や映画を楽しむ。

 それが私の未来であり、夢だった。


 けれど、その夢はたった一枚の紙切れで否定された。

 「親子関係は存在しない」——。


 さらに追い打ちをかけるように、パパは言った。

 「今回で“誕生会”は終わりにしよう」


 胸の奥がえぐられるように痛んだ。

 これまでの誕生日の思い出は、全部幻だったのだろうか。

 あのレストランでの笑顔も、プレゼントも、クラシックのコンサートも。

 全部、私だけの思い込みだったのだろうか。


 夜、部屋のドアの向こうから、父——亮の声がした。

 「詩織……疑ってすまなかった。本当にすまなかった」


 私は布団に顔を埋めたまま、絞り出すように答えた。

 「……もう放っておいて」


 それ以上、言葉は出なかった。


 しばらくして、今度は母がドアの外に来た。

 「詩織……お母さんよ。大丈夫?」

 でも私は答えなかった。声を出す力なんて残っていなかった。


 代わりに手を伸ばし、机の上に置いてあったCDを手に取った。

 ——パパがくれた、ラフマニノフの《ピアノ協奏曲第2番》。


 ヘッドホンを耳に当て、再生ボタンを押す。

 流れ出した第2楽章の旋律が、胸を締め付ける。


 涙で視界は滲み、呼吸も苦しかった。

 でも、せめてこの音楽だけは——パパと繋がっている気がした。


 私は泣きながら、何度も、何度もリピートした。

 “0%”という数字に奪われたはずの夢を、必死に抱きしめ直すように。

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