第39話:広瀬 啓介

 案内された個室は、窓のない閉ざされた空間だった。

 外の景色も差し込む光もなく、壁のランプだけが沈黙を照らしている。

 普段は人気がなく、予約もめったに入らないという理由で、私はオープンスペースの半個室を選んでいたのだが——それが裏目に出た。


 泣き腫らした目で肩を震わせる沙良と詩織。

 誕生日を祝うはずの夜を、こんな形で台無しにしてしまったことが、胸に突き刺さった。

 詩織の涙が、私には何よりもつらい。


 ソファに向かい合って腰を下ろすと、亮の眼差しは怒りと疑念に満ちていた。

 「……何故あなたが詩織に『パパ』と呼ばれているのですか?」


 詩織が何かを言いかけたが、私は片手を上げて制した。

 ここは、私が答えねばならない。


 「まずは……本来ならご家族だけでお祝いされるべき日に、部外者である私が関わってしまい、それによって亮さんの感情を深く傷つけてしまったことを、お詫びします」


 オレは深く頭を下げた。

 沈黙の後、顔を上げて淡々と告げる。


 「実は、沙良さんとは遠い昔……まだ学生だった頃に、ほんの短い期間お付き合いをしたことがありました。

 その後、社会人になってからも、折に触れてお会いすることがあり……それが今に繋がってしまったのです」


 亮の顔色が変わった。

 「……つまり、詩織はあなたと沙良の不義の子ということですか?」


 空気が重く凍りついた。

 詩織が「違う!」と叫びかけたが、オレはまたも手で制した。


 「亮さん……あなたはご自身のお嬢さんが、本当にご自身の子でないと思うのですか?」


 言い返す言葉は、オレ自身にとっても一か八かの賭けだった。

 亮は苦悶の表情で唸った。

 「あんな場面を見せられたら……疑わざるを得ない!」


 その言葉に、オレは深く息を吐き、低く告げた。

 「では、大変不本意ですが……詩織さんとオレのDNA鑑定を行いましょう。

 それで確認していただくより他に、あなたに信じていただける道はなさそうです」


 その場に再び重苦しい沈黙が落ちた。


 ——そしてその週末。


 全員が立ち会う中で、オレと詩織、それぞれのDNAサンプルを採取した。

 目の前でパッケージを密封し、亮自身の手で鑑定センターに配送依頼が行われた。

 これ以上ないほど公正な手順だった。


 

 あの日から、自宅に戻った沙良と詩織は、亮とほとんど口をきかなくなったという。

 亮は酒に溺れるようになり、酔えば悪態をつくようになったと、後に沙良から聞かされた。


 ——詩織の十六歳の誕生日は、彼女にとって忘れられない夜になっただろう。

 しかし、それは祝福の記憶ではなく、家族を引き裂いた苦い事件として。


 そして、その原因を作ったのは、他ならぬ私自身の判断ミスからだった。

 ここは私がなんとしても沙良の家族を繋ぎ止める必要がある。

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