第31話:藤沢 沙良

 夕暮れどき、詩織が帰宅した。

 鞄を置くなり、私の部屋に駆け込んできて、小声で言った。


 「お母さんにだけ、見せるね」


 差し出された袋を覗いて、思わず息を呑んだ。

 カシミヤのチェック柄のマフラー、メイクポシェット、そして最新のスマートフォン。

 ——あまりにも高価すぎる品々。


 「これ……パパからの合格お祝い」

 誇らしげに笑う詩織の顔を見て、私は胸がざわめいた。


 「詩織……どうして、私に断りもなく会いに行ったの?」

 問いかける声は、思った以上に強くなってしまった。


 けれど詩織は怯むどころか、むしろ落ち着いていた。

 「パパが忙しいのは分かってる。だから、そんなに連絡したりはしないもん」


 その口調には、これ以上お小言を聞くつもりはない、という固い意志がにじんでいた。

 ——もう、母の言葉は届かない。

 そう思わされて、私は何も言えなくなった。


 夜になって、私は啓介に電話をした。

 「忙しいのに、本当にスイマセン」


 受話器越しの彼は、あっけらかんとしていた。

 「いや、全然いいんだ。これこそ本来の“パパ活”だよな」


 思わず吹き出してしまった。

 彼のユーモアに救われたのか、それとも自分の緊張が途切れただけなのか。


 「……でも、あの子、どんどんあなたに夢中になってしまって」

 弱々しく言葉を続ける私に、啓介は少し真剣な声で答えた。


 「もう十五歳を過ぎたら、親が何を言っても意味はないさ。自分で考えて、自分で決めるしかない。親にできるのは、たまに相談に来たときに、きちんと一緒に考えてやることくらいだよ」


 「……一緒に考えること」


 「そうだ。少しずつ詩織を自由にしてやった方がいい。縛ろうとするほど、あの子は離れていく」


 彼の言葉は、理屈としても、経験からも正しいのだと分かっていた。

 それでも、胸の奥にはどうしようもない不安が残った。


 ——詩織は確かに啓介の娘だ。

 その事実が、日ごとに鮮明になっていく。

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