第30話:広瀬 啓介

 その日、スマホに届いたメッセージを見て、思わず息を呑んだ。


 ——「パパ! 第一志望合格したよ!」


 短い文面に、弾むような詩織の声が聞こえる気がした。

 沙良からは「啓介さんは忙しいんだから、絶対に邪魔しては駄目」と、常に彼女に言い聞かせていると聞いていた。

 その懸念も理解していた。だが——詩織は我慢できなかったのだろう。


 「頑張ったんだから、パパに会いたいな」


 そんな無邪気で切実な言葉を前にして、断れるはずがなかった。


 俺は渋谷南口の八幡通り坂道にある、古い喫茶店の個室を予約した。

 窓の外には、春の陽に照らされた桜が咲き乱れ、散りゆく花びらが坂道を覆っていた。


 扉が開き、制服姿の詩織が現れた。

 ——渋谷女学館の制服。

 古典的なセーラー服、ブルーが眩しいスカーフ。まだ初々しいのに、その姿は凛としていて、大人びて見えた。


 「パパに見せたかったの」

 頬を染めながらそう言う彼女に、胸が熱くなった。


 「とても似合うじゃないか! よく頑張ったな」

 言葉を口にした瞬間、自然に笑みが溢れていた。


 彼女の努力を称えるために、俺は事前に部下の女子社員にリサーチを頼んでいた。

 年頃の女子高生が欲しがるものを聞き、慎重に選んだ。


 テーブルの上に差し出したのは、カシミヤのチェック柄のマフラー、メイクポシェット、そして新しいスマートフォン。

 「合格お祝いだ。受け取ってほしい」


 詩織は目を丸くし、やがて笑顔がぱっと弾けた。

 「こんなにもらっていいの?」


 「もちろんだ。これは合格のお祝いだから。誕生日にはまた別のものを、ちゃんとプレゼントするから安心して」


 その瞬間、彼女の瞳に涙が光った。

 「パパ……本当にありがとう」


 次の瞬間、詩織は椅子を離れ、思わず俺に抱きついてきた。

 小さな体が腕の中に飛び込んでくる。


 ——もう子どもではない。

 けれど、まだ少女であり、俺を「パパ」と呼んでくれる存在。


 16年前に沙良から相談された時、この子を守ると決めて本当に良かった。

 抱き寄せた温もりに、胸の奥が揺れた。

 この子の未来を守るのは、自分の責務だと強く思った。

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