第28話:藤沢 詩織

 私が今使っているスマホは、パパがプレゼントしてくれたものだ。

 少し古い機種になってしまったけれど、私にとっては宝物だった。

 画面に細かい傷がついても、ケースの角が欠けても、手放そうとは思わない。

 ——だって、パパと繋がっている唯一の道具だから。


 そのスマホに、ある日知らない番号から電話がかかってきた。

 胸がどきどきした。迷惑電話かもしれない。けれど、不思議と怖さはなかった。

 恐る恐る出ると、聞き慣れた声が響いた。


 「詩織ちゃんの電話かな?」


 ——パパの声だ!

 「パパ?」思わず声が出た。

 「ははっ。パパというか、啓介オジサンです」

 「パパだもん」

 「うーん……ハハハ、まぁ、そうだね」


 胸の奥がじんわり熱くなる。

 スマホ越しでも、彼の声は安心を与えてくれた。


 「詩織ちゃん。進学のことを考えてるって聞いたよ」

 「うん。私、渋谷の高校に行きたいの。だって……パパの会社が近いから」


 一瞬の沈黙があった。でも否定の言葉は返ってこなかった。

 「……その理由が駄目だとは言わないよ。だけど、そのままじゃ学校の先生にも、お父さんにも説明できないだろ?」


 私は黙った。確かにそうだ。


 「その学校は凄くいいところだ。女子校で、校風は比較的自由。教育のカリキュラムもしっかりしている。そういう点を、ちゃんと自分で調べて、自分の言葉で説明できるようにしなきゃ駄目だ」


 「……なるほど」

 彼の言葉は、いつも合理的で、すぐに胸に落ちる。


 パパは続けた。

 「人に説明して、自分の目的を達成しようとするなら、相手が理解し、納得できるような説明の仕方を考えるしかない。―本当は別の理由があっても、それは全然構わないんだ。


ただ、大切なのは結果として目的を達成する事。そしてその達成のために、最も効率の良いやり方を探す事だよ。今の詩織ちゃんにとって必要なのは、渋谷の高校に行きたい合理的な建前の理由を探す事。そしてその学校に合格できるだけの学力を身につける事だ」


 「うん!」

 パパの説明は他の誰よりも分かりやすい。そして誰も―父さんや学校の先生も言ってくれないような、生きていく上での大切な真実があるような気がする。


 「分かったかな? 詩織ちゃん」

 「ハイ、パパ」


 電話の向こうで、彼が小さく笑った気配がした。

 胸の奥がまた熱くなった。


 通話が終わってから、私はすぐにその番号を連絡先に登録した。

 ——名前は「パパ」。

 私にとっては、それ以外の呼び方なんて考えられなかった。

 そして私はパパが本当に好きなんだと思った。

 ―私はファザコンなのかも知れない……相手は「パパ」だからパパコンかな。

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