第25話:藤沢 詩織

 中学生になってから、私はますます勉強に打ち込むようになった。

 ——少しでも、パパに近づきたいから。


 年に一度しか会えない。

 誕生日の夜、限られた時間を一緒に過ごすだけ。

 それなのに、パパはいつも私の心に残る言葉をくれる。


 数学の大切さ。

 ―例えば、世界は数学によって構成されているとか。


未来の世界の見え方。

―例えば、AIによって社会構造は抜本的に変わってしまうとか。


生き方のヒント。

―例えば、何をすれば自己実現できるのかを、そろそろ考えなきゃ駄目だとか。


 どれも忘れられない。


 だからこそ、私は思う。

 ——本当は、毎日そばにいたい。


 でも、現実には「父」がいる。

 けれどその父は、朝早くに出て、夜遅くに帰ってくる。

 食卓で顔を合わせても、会話は常識的なことばかりだ。

 「宿題は終わったか?」

 「風邪をひかないようにな」

 そんな言葉に悪意はない。けれど、それ以上の深みもなかった。


 私はだんだん、父と話す時間を減らしていった。

 心の奥で比べてしまうのだ。

 ——パパなら、もっと印象に残ることを話してくれる。


 年に一度しか会えないのに、パパの言葉は私を突き動かす。

 勉強を続ける理由も、夢を描く勇気も、すべて彼がくれる。

 父は私を育ててくれている。でも、私を導いてくれるのは——パパなのだ。


 中学生になると、同級生の男子から誘われることも増えた。

 「一緒に帰ろうよ」

 「今度の休みに遊びに行かない?」

 けれど、私はいつも心の中で比べてしまう。


 ——この人は、パパみたいに未来の話をしてくれるだろうか?

 ——数学や社会について物語って、私をわくわくさせてくれるだろうか?


 答えは、いつも「違う」だった。

 だから、私はどんな誘いも断ってしまう。


 ある日、苛立ち混じりに母に愚痴をこぼした。

 「……どうして学校には、パパみたいな男子がいないの? 誰も彼みたいに話してくれない」


 母は少しだけ目を伏せて、それから穏やかに微笑んだ。

 「詩織。啓介さんみたいな男性は……結局お母さんも啓介さんしか知らないのよ」


 その答えは、私を納得させるものではなかった。

 けれど、胸の奥に確かなものを残した。

 ——やっぱり、私はパパに憧れているんだ。

 誰とも比べられない、唯一無二の存在として。


 パパは渋谷にある会社のオフィスで普段は仕事をする事が多いと聞いた。

 だから小学生の頃から渋谷のレストランで誕生会をするようになったのだ。

 私は少しでもパパのそばに行きたい

 だから渋谷の近くの高校に進学したいと思うようになった。

 そうする事でもう少しパパの話が聞ける。

 もう少し会ってくれるかも知れない。

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