第23話:藤沢 詩織

 十一歳の誕生日に手に入れたスマホは、私にとってただの玩具じゃなかった。

 最初にやったことは決まっていた。——「広瀬啓介」で検索すること。


 画面に並んだ文字の洪水。記事やインタビュー、ニュース動画。

 そこには、私の“パパ”の姿があった。


 「世界的ビッグテック企業で経営幹部を務めたが、経営方針を巡ってトップと対立し退任」

 「国内大手IT企業から請われ、新規事業を指揮」

 「日本のIT事業の未来を語る広瀬啓介氏」


 難しい言葉ばかりだったけれど、記事を読むたびに胸が高鳴った。

 ——私のパパは、日本と世界を変えようとしている。

 その事実に、ワクワクして仕方がなかった。


 学校では、算数や理科の時間が特に楽しかった。

 数字の規則を見つけたり、実験で新しい発見をしたりすることが、心から好きだった。

 弟たちは勉強があまり得意ではなく、テストの点数も平凡だったけれど、私は違った。

 先生から「よくできました」と褒められると、そのたびに思った。

 ——やっぱり、私はあの人の娘なんだ。


 でも同時に、胸の奥には小さな棘のようなものが刺さり続けていた。

 お母さんは、誕生日の夜にいつも言う。

 「今日のことはお父さんにも誰にも言ってはだめよ。お母さんと詩織だけの秘密」


 秘密。

 ——どうして隠さなきゃいけないの?

 本当のことを知る権利は、私にだってあるのに。


 リビングで新聞を広げるお父さん。

 弟たちと楽しそうに遊んでいるお父さん。

 その姿を見るたびに、心がちくりと痛んだ。


 ——私の本当のパパは、きっと別の人。

 お母さんが隠している。

 その秘密が、私をお父さんから遠ざけていく。


 スマホの画面に映る“広瀬啓介”の写真を見つめながら、私は心に決めた。

 ——私は必ず、この人に追いつくんだ。

 だって、私はこの人の娘なのだから。

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