第20話:藤沢 沙良
詩織が生まれてから三年後、私は第二子を授かった。
亮との間の、本当の子ども——長男だった。
そしてさらに二年後、次男を出産した。
長女と二人の弟たち。
家族の形は、誰が見ても順風満帆に見えただろう。
亮はようやく片道切符の出向先での業務にも慣れ、徐々に仕事が落ち着いてきた。
その頃から、彼は私を気遣い、家庭を大切にするようになっていった。
私もまた——啓介との約束を守るために、亮に尽くした。
彼を支え、子どもたちを育て、安定した夫婦関係を築いているように見せた。
私は勤めていた総合商社を円満退職した。
北村は既に海外に赴任していたので、私が退職した事も知らないだろう。
仕事を辞めて専業主婦として亮を誠心誠意支えようと決意したのだ。
けれど、心の奥底では、決して拭えない不安があった。
——詩織は、その弟たちはまるで違う。
長男と次男は、どことなく亮に似ていた。笑った顔、手の仕草、時々見せる真剣な目つき。
一方で詩織は、どこか違っていた。顔立ちも、雰囲気も、持っている空気すらも。
亮がその違いに気づかないはずはない。
「なんでこんなに似てないんだ?」と、いつか問いかけられるのではないか。
その恐怖が、日常の隅々に影を落としていた。
そんなとき、私はいつも啓介に相談した。
彼は既にビッグテックで役員に準じる立場にあったが、経営陣との方針対立から退任し、別の国内大手IT企業にヘッドハンティングされていた。
新天地でさらに多忙を極めていたはずなのに、私の不安を聞き、必ず言葉をくれた。
「沙良。大丈夫だ。子どもはそれぞれ違う顔を持つ。似ているかどうかなんて、親が気にしすぎれば余計に怪しまれる。……堂々としていろ。オレがついてる」
その声に、私は何度も救われた。
彼の言葉は、嘘を続けることへの正当化ではなく、罪を共に背負ってくれるという約束の再確認だった。
そして年月が流れ、詩織は小学生になった。
まだ低学年ではあったが、しっかりした受け答えもできるようになり、目の奥に独自の世界を宿すようになっていた。
——そんな彼女の誕生日も、例年通りにやってきた。
約束の週末、金曜日の夜。
場所は渋谷に変わったが、新橋同様に高級レストランの特別個室。
扉が開き、啓介が姿を現す。
彼の顔は疲れていたが、それでも穏やかな笑みを浮かべていた。
「詩織ちゃん、誕生日おめでとう」
手には包み。
今年のプレゼントは、彼女が最近好きになっている絵を描く道具一式だった。
詩織は目を輝かせ、無邪気に「ありがとう!」と笑った。
その姿を見ながら、私は心の奥で複雑な感情に揺れていた。
——罪を抱えながら、それでもこうして彼と共に娘の誕生日を祝える。
そのひとときが、私にとって何よりの救いだった。
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