第19話:藤沢 詩織

 小さい頃の記憶は、ぼんやりと霞がかかっているみたいに曖昧だけれど、毎年一度だけ、とても鮮やかに残っている光景がある。


 ——誕生会。


 その日だけ、私は特別な場所に連れて行かれた。

 新橋のレストラン。ちょっと大人っぽい雰囲気で、子どもには少し背筋が伸びるような場所。

 そこに、必ず「オジサン」が来ていた。


 オジサンは、背が高くて、笑うと優しい目になる人だった。

 毎年、大きな包みを持ってきてくれて、私に「誕生日おめでとう」と言ってくれた。

 三歳のときはクマのぬいぐるみ。

 四歳のときは絵本。

 五歳のときは可愛いワンピース。

 六歳のときは、子ども用のカメラ。


 どれも大切な宝物になった。

 あの時もらったクマのぬいぐるみは、今でも押し入れの奥にしまってある。片耳が少しほつれてしまったけれど、私にとっては世界で一番安心できる相棒だった。


 オジサンと一緒にお祝いをする時間は、胸がわくわくして仕方がなかった。

 お母さんとオジサンと、三人でケーキのろうそくを吹き消す。

 その瞬間だけは、世界中が明るく照らされるみたいに感じた。


 ——でも、不思議なことがあった。


 お母さんは、誕生日会の帰り道に必ず言った。

 「今日のことはね、誰にも言っちゃだめよ。お父さんにも、誰にも」


 私は素直に頷いた。

 けれど、どうして内緒にしなければいけないのかは分からなかった。

 お父さんにも知らせたら、一緒にお祝いしてくれるんじゃないのかな?

 そう思って、喉まで出かかったけれど、結局一度も聞けなかった。


 ただ「内緒」という響きが、子ども心に少しだけ特別で、甘いもののように感じられたのも事実だった。

 けれど同時に、胸の奥にずっと「なぜ?」という小さな疑問が残り続けていた。


 私にとってオジサンは、毎年一度だけ現れて、プレゼントと笑顔をくれる、不思議で素敵な存在だった。

 その人が誰なのか、本当はどんな関係なのか、幼い私はまだ知る由もなかった。

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