第14話:藤沢 沙良
啓介から、北村の反応を聞かされた瞬間、私は目の前が真っ暗になった。
「家庭を壊す気はない」「一緒になるつもりもない」——そんな冷たい言葉が頭の中で何度も反響し、心臓を締め付けた。
——私は、ただの遊びだった。
その事実が、私を完全に崩壊させた。
「……もう、生きていたくない」
思わず口を突いて出た言葉に、自分でも震えた。
その瞬間、啓介が私の手を強く握った。
「沙良。そんなことは絶対に言うな。オレがお前を守るから……自暴自棄だけは絶対になるな」
その声は低く、決然としていて、これまで聞いたどんな言葉よりも重かった。
嗚咽が溢れた。
「でも……でも啓くんだって昔、私を捨てたじゃない!」
胸の奥にずっと押し込めてきた叫びが、止めどなく溢れた。
「私を捨てて、美来さんを選んだ! ……私は秋葉原で見たの。あなたと美来さんが並んで歩いていたのを。手を繋いで、楽しそうに笑っていたじゃない!」
涙で視界が歪み、声が震えた。
「そんなあなたが、なんで私を守れるの? だったら美来さんと別れて、私を助けてよ!」
泣きじゃくる私を、啓介は真っ直ぐに見つめていた。
「……沙良」
「オレはお前を必ず守る。だから、自暴自棄にだけは絶対になっては駄目だ」
その言葉は短くて強かった。だけど、心の奥底に直接届いた。
啓介に促され、私は病院へ行った。
診断の結果——妊娠三ヶ月を過ぎていた。
「中絶を行うことも不可能ではありません。ただし母体へのリスクは非常に高くなります」
医師の冷静な説明を聞きながら、足元が崩れていくようだった。
帰り道、私は再び啓介に泣きついた。
「どうすればいいの……私、どうしたらいいの……」
啓介は黙って私を抱きしめた。
背中に回された腕が力強くて、私は抵抗する力をすべて失った。
「……沙良。こうなったら、この子を産もう」
「え……」
「オレもお前も、この件は墓場まで持っていく。お前一人では重すぎるだろうけれど、オレも一緒に責任を負うから。それなら沙良も耐えられるはずだ」
私は嗚咽しながら、ただ彼の胸にすがった。
「だから……生まれてくる子は、オレとお前の子どもだと思って育てよう」
「……啓くん……」
「そして、旦那さんには一生償うつもりで支え続けろ。その人との本当の子どもを、必ず産むんだ」
——その瞬間、理解した。
これは結婚に匹敵する約束だった。
啓介は未来という妻を持ちながら、別の形で私に「生涯の秘密」を共有すると誓ってくれた。
その覚悟は、私の命を繋ぎ止める唯一の灯となった。
涙が止まらなかった。
私は啓介の胸に顔を埋め、嗚咽しながら何度も頷いた。
——もう一人じゃない。
私と子どもは、この人の覚悟によって守られる。
それが、私にとって「結婚」に等しい約束だった。
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