[月の光のわたあめやさん]【童話風】

まんまるおつきさまが

丘の上をそっと照らす夜。

ぽつんと立つひつじは

くるくると毛を巻きとって

ふわふわのわたあめを作る。

ひとくち食べれば

まぶたはとろんと、

こころはゆらゆら。

お代はお金じゃなく

今日、心がいちばんゆるんだ瞬間のおはなし。



そんな童話を胸に、

今日も子どもたちは布団にすべりこむ。

まぶたがとろんと重くなり、

心の中でふわりとわたあめが溶けていく……



わたしは「眠りの羊」。

夜がくると、夢の丘に屋台をひらく。

満月の光を浴びながら、ふわふわの毛をくるくると巻きとる。


その毛は、ただの毛ではない。

昼のあいだに集めた“心のゆるむ瞬間”が、静かに溶けこんでいる。


ゆるむ瞬間は、人それぞれだ。

雨上がり、道端の花を見つけたとき。

家に帰って靴を脱ぎ、足先まで空気がしみわたったとき。

長い一日を終えて、お茶の湯気に顔をあずけたとき。


わたしは、それらの瞬間をそっと受け取り、毛の奥にしまいこむ。

夜になると、それは銀色の糸となり、くるくると巻きとられ、綿あめに変わる。


一口食べた人は、肩の力がするりと抜け、呼吸が深くなり、やがて夢へ落ちていく。

その眠りは、甘く、あたたかく、やさしい。

わたしが受け取るのは、お金ではない。

「きょう、あなたの心がいちばんゆるんだとき」を、静かに話してもらうだけだ。


それは宝石よりも価値のある眠りの種。

集めて、温めて、また次の夜の糸にする。


丘に来る人々は、さまざまな瞬間を持ってくる。

ある人は、夕暮れの川辺で聞いた水音を。

ある人は、遠くから漂ってきたパンの匂いを。

またある人は、誰かと笑い合ったひとときを。

夜が深まると、丘の空気はさらにやわらかくなる。

草が風に揺れ、遠くの森がささやくように鳴る。


わたしの毛は月明かりに透け、綿あめの甘い匂いが風に乗って流れていく。

客足が途切れると、わたしは屋台にもたれて目を閉じる。


そこには、今夜聞いたばかりの“心のゆるむ瞬間”が、あたたかな波のように押し寄せる。

まるで自分まで夢に引きこまれるようで、頬が少しゆるむ。


くるくる。くるくる。


毛を巻きとる手は、ゆっくりと、しかし確かに動いている。

その糸は今夜も、あたたかな眠りへとつながっている。


満月の丘は静かで、世界はやわらかな息をしている。

わたしはその中で、次の心のゆるみを待ちながら、くるくると毛を巻き続ける。

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