琉球滞在記
脳病院 転職斎
第1話
2016年2月
陸上自衛隊を除隊した俺は、過酷だった自衛官生活を忘れたいあまり遠く遠くに逃げた。
台湾を一周し、タイを経てインドを東西に横断、
それからアラブ首長国連邦を経由してイランへ、
それから南インドを縦断してマレーシア、上海を経て、ここ沖縄へ。
これは、俺が沖縄に半年間移住した時の記録である。
2016年6月。
上海から那覇空港に到着すると、俺は空港職員に呼び止められた。そして、ラブラドールレトリバーを連れた別の職員がやって来た。
「ちょっと怪しい物ないか検査させていただきますね!」
犬は俺のカバンの中身、履いていたパンツ、靴下まで全部匂いだした。時々オエって表情をしている。
犬は麻薬探知犬だった。
2ヶ月に渡る海外放浪で髭もじゃとなり、民族衣装姿で爆発頭だった俺は、麻薬の売人かなにかと間違えられたようだ。
「申し訳ありません!特に怪しい物は入ってないですね!
それでは、めんそーれー沖縄!」
何でやねん!
これが、記念すべき沖縄初イベントだった。
強烈な移住洗礼を受けた俺は、まずバイトを探した。
沖縄のアルバイトは特殊で、高収入の米軍基地の仕事なんかもある。
しかし、俺は英語なんか出来ないから、俺が出来るレベルの仕事を探すしかない。
俺はいくつかの派遣会社に応募して連絡を待つことにした。
すると、そのうちの一社から連絡が掛かった。
今から面接を行いますのでマクドナルドまで来てください
とのこと。
え!?今から!?
しかもマック!?
仕事を探していた俺は、とりあえずマクドナルドに向かった。
そこには、かりゆしウェアを着た担当者が待っていた。
「どうぞどうぞお掛けになって下さい!
えー、今回紹介させていただくお仕事なんですが、
朝から夕方までの野球球場の警備員のお仕事です。
水分補給はこまめに取って下さい。」
・・・。
チーン。
炎天下の沖縄で警備員かよ!!
「申し訳ないですけど、その仕事はちょっとお断りさせていただきます。何か他にないんですか室内作業とか!?」
担当者はちょっと困った顔をした後に答えた。
「室内作業ですか。ありますよ!
那覇市のコールセンターで発信業務をしていただくお仕事があります。
ここはまだ募集してますよ。」
よっしゃ!!
クーラーが効いた中で働けるぞ!しかも座り仕事!
「そのお仕事したいです!いつから開始ですか?」
「明後日からですね。ではこちらの契約書にサインをお願いします。」
よっしゃ!!!
こうして、俺の沖縄初仕事はコールセンターに決定した。
ここで落ち着いていたらどれほど幸せだったことか、、。
この時の俺は、これから待ち受ける自分の運命をまだ知らなかった。
それにしてもなんて涼しい環境だ!ここは天国なんだろうか!?
今思い返すとコールセンター歴が長い俺だが、その始まりは沖縄の、WOWOWの宣伝架電業務からスタートした。
内容は誰にでも出来ることで、モニター越しから電話してWOWOWに加入しませんか?と宣伝するだけの業務
しかも、1時間に一回タバコ休憩まである!
なんちゅうとこじゃあ!ここは!
案外ちょろいスタートじゃのー!
そして沖縄、同期の派遣達の名前がゴリゴリ沖縄!
具志堅さん、城間さん、金城さん、与那嶺さん、長嶺さん
そして、仲村渠(なかんだかり)さん!
ちょっと名前が濃ゆすぎる!
そして皆んな、顔が濃ゆい!
ウチナーンチュに囲まれて、一人ナイチャーの俺が勤務する。ちょっとした国内留学みたいな気分だった。
電話業務は楽で給料も高く、俺は毎日いちぎん食堂で生姜焼き定食を頼んだ。そして足立屋なんかにハシゴして帰る
仕事は三日行けば翌日休みなので、非常にヌルかった。
こんな美味しい思いして働いていいのか?
極め付けは、WOWOWを宣伝するために、実際に見てみましょうと進撃の巨人を見せられる始末。
コールセンターは楽な業務だった。
特に客からクレームが来ることも無く、クーラーの効く部屋で快適な仕事環境。
しかも、WOWOWの映画は見放題!
そして、夜は決まって美栄橋のいちぎん食堂で生姜焼き定食を食べて、ビールを流し込む日々。
こんなに楽してお金が貰えるのは張り合いがありゃしない。
俺の沖縄生活は順風満帆だった。
しかし、ここで俺は、ある気持ちに苛まれた。
「もっとお金を貯めてまた海外へ行きたい。」
丁度そんな頃、俺はあるチラシを手にした。
その内容はこうだった。
衣食住提供!
沖縄の離島でバカンスしながら働きませんか?
いわゆるリゾートバイトだった。
そう言えば、俺のコールセンターの契約は、そろそろ1ヶ月の更新時期。
リゾートで衣食住提供か、バカンスしながら金が貯まるのか?
そうして、俺はコールセンターの更新をどうするか尋ねられた。
2016年7月、俺は船に揺られていた。
そう、コールセンターの更新をしなかったのだ。
離島を目指した俺は、エメラルド色の沖縄の海に感動しながら一人音楽を聴いていた。
愛よりも青い海
この胸に抱きしめて
愛よりも青い風
いつも心に抱いて
ただひとつの歌を
歌うために生まれた
ただひとつの愛を
歌うために生まれた
流れゆく白い雲を
追いかけて追いかけて
人はみな青い海の
向うからやって来た
愛よりも青い海
この胸に抱きしめて
愛よりも青い海
いつも心に抱いて
人はみな青い空の
向うからやって来た
ただひとつの歌を
歌うために生まれた
ただひとつの愛を
歌うために生まれた
ただひとつの夢を
歌うために生まれた
ただひとつの朝を
歌うために生まれた
夜が明けたなら行こう
遠くまで遠くまで
人はみな青い空の
向うからやって来た
愛よりも青い海
この胸に抱きしめて
愛よりも青い海
いつも心に抱いて
人はみな青い海の
向うからやって来た
〜地獄のリゾバ編の始まり〜
船は島に到着した。
しかし今思い返すと、ここの記録は封印したい。
労働条件、朝4:00〜22:00(中抜け休憩がある)
勤務日数、週5〜6、3ヶ月更新
詰んだわ!
周りを見てみると、ワーキングホリデーでやって来た韓国人がヒイヒイ言いながら働いている。
目の前は大海原なのに、海で楽しむ余裕はない。
強いてマシなことと言えば、すこしだけ賄いがあるくらい。
賄いで腹が膨れない俺は、人の目を盗んでこっそり残飯を食べた。給料日までまだまだ先である。
手持ちのお金はすっからかん。
そのうち俺は、外を歩いていて木の実を見つけたら齧るようになっていた。
今日の仕事も4:00〜22:00まで。。
ここにいては死ぬ!!
中抜けの時間、他の皆んなは寝静まっていた。
今しかない。
俺は、荷物を整理して那覇までの航空券をクレジットカードで予約し、誰にも気付かれないように島の空港に向かった。
そして、無事ゲートを超えたと思ったその瞬間、
リゾバ会社から鬼のように電話が掛かってきた。
俺は何度もそれを切った。
そして、飛行機に乗ったので、機内モードをオンにした。
やがて数十分後、飛行機は那覇空港に辿り着いた。
俺は機内モードをオフにした。
すると、リゾバ会社から怒りのメールが来ていた。
「あなたは飛んだので、働いていた日数分の給料は支払いません。」
と。
給料日前にリゾバをバックれた俺の財布には一円も無かった。
手元にあるのはクレジットカードのみ。
俺は日払いでお金がもらえる派遣会社に連絡を取るようになり、合否が決まるまでの間、国際通りのドンキホーテで一番安いパンを買って食べながら飢えを凌いだ。
思えばこないだまで俺は世界中を旅していた。
あの時の興奮が今も残っている。しかし、今の俺はなんだ!?
俺は現実逃避しながら、宿泊費を安く抑えるため、
沖縄で一番安いドミトリーを生活の拠点にすることにした。
と言うわけでこれからは、ドミトリー沖縄物語を書く。
ドミトリー沖縄
そこは色々な意味でカオスの宿だった。
行政からの依頼で、生活保護の人やホームレスを受け入れている。そして、残りの半分は客である。
ここにいながら1ヶ月近く転職活動を行い、ようやく介護の仕事を見つけた俺は、豊見城市まで原付で通いながらドミトリー沖縄とを行ったり来たりした。
そんなドミトリー沖縄は、色々訳ありの人が集まっていた。
例えば、
東京に何もかも残してアパートを滞納しながら、生活保護を受けにドミ沖に来た男。
レズビアンであることを理由に東京でいじめられて来て、高校卒業後にドミ沖にやって来た少女。
この人達と俺は喫煙所でダベるようになり、今までの苦しい経験を共有し合って負け犬同士傷を舐めるようになった。
当時の生活は苦しかったが、仲間はいる。ここは暗闇の天国だ。
そうするうちに、俺は徐々に少女と両思いになって来た。
ある日のこと。
俺は密かに貯めていてお金を叩いて、少女をデートに誘った。
普段の自分達は陽の当たらない平和通り裏道に住んでいるが、今日の俺は国際通りをエスコートして、少女と二人で観光客気分を満喫した。
そして、二人で何軒もおしゃれなレストランをハシゴした時、その帰り道で少女が言い出した。
「ご厚意ありがとうございました。しかし私はレズビアンです。
あなたのことは好きだったけど、私は異性とはお付き合い出来ません。
実は明日、私はパートナーがいる北谷に引っ越します。」
え。。。
ガビーン
なんだか頭がグラグラするな。
俺は玉手箱を開けた浦島太郎のようになってしまった。
心にぽっかり穴が空いた俺は別の宿に移ったが、そこで自転車を壊した濡れ衣を掛けられることになり、那覇から逃走した。
そうして辿り着いたのが、
俺の沖縄終焉の地・浦添市牧港だった。
俺は恋に敗れ、仕事も転職して、むさ苦しい男達ばかりの宿、ドミトリーマチナトにいた。
職場は宜野湾市にあるので、原付で通っていた。
これは今更書くことではないが、沖縄で沖縄の人に混じって働くと仲間として認められないのである。
あいつはナイチャー(本土人)だからと、常に敵対意識を受ける。
そうして宜野湾市で黙々と働いていたある日、俺はインフルエンザに感染して仕事を休まざるを得なくなった。
お金がない生活は惨めで、病気しても薬を買うお金がないし、俺は沖縄に来てからどんどん転落している。
そして俺がインフルエンザになり数日が経った頃、
職場から電話が掛かって来た。
「申し訳ないけど、君を解雇することになったよ。」
。。。
俺の収入源は絶たれた。
もうこれ以上沖縄で頑張れない。
俺は鹿児島行きの船のチケットを購入した。
ああ 季節や流り夢ぬ風ん又巡ぐてぃよ
人ぬ波ちりてぃ 我んやはてぃねらん旅路よ
紺染ぬ空 見あぎてぃ
かぬしゃ うむてぃよ
情ありば南風よ 知らちたぼりよ
風よ風よ
あぁ 我んや旅ぬ空ぬ月に思いどぅまさる
波ぬ音聞ちば 無蔵ぬ想影ぬ立てぃばよ
花ぬ色 いちまでぃん
うらどぅ うさだみよ
胸ぬ想いや街方ぬ 月に照らさり
風よ風よ
あぁ 季節や流り夢ぬ風や
さやさやさやとぅ
失意を胸に、俺はボロボロの体とボロボロの原付で鹿児島を目指した。
途中で見えてくる与論島、沖永良部島、徳之島、奄美大島の美しさも俺の目に止まらなかった。
そんな翌日の朝、船は鹿児島に到着した。
風は肌寒く、本土の匂いが近づいて来た気がする。
ん?あ、あれは!?
それは煙をモクモク上げている桜島の姿だった。
俺は、俺はようやく日本に帰って来たのか。。
俺は滝のように涙を流した。
琉球滞在記 脳病院 転職斎 @wataruze
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