陰キャな俺はスキル「教科書召喚」で無双する

 気が付くと俺は、見知らぬ神殿の中に佇んでいた。ギリシャの某神殿のようなドーリア式の建物。そこからは、霧の立ち込める外が見渡せる。


 ここはどこだ? どうして俺はこんな所に……。


 考えている内に、思い出した。俺は高校から帰る途中、トラックに轢かれそうになった女の子を助けたんだ。そして、俺の前には猛スピードのトラックが……。


 思い出した途端、俺は地面に膝を突いた。俺は、死んだのか。あの女の子を庇って。


 ……短い人生だったな。そして、嫌な人生だった。父親は仕事をせず飲んだくれ、母親は浮気をしていて俺に無関心。高校の先輩には虐められ、親友だと思っていた奴には彼女を取られた。


 まあ、俺は黒い前髪で右目を隠すような暗い見た目だったから、彼女の気持ちもわからんでも無かったけど。


 もし生まれ変わったら、今度は幸せになりたいな。そして、長生きして、沢山の子供や孫に囲まれて息を引き取るんだ。



 そんな事を考えていると、いきなり神殿の中に人影が現れた。現れたのは、一人の老人。長い白髪を垂らし、長い顎髭が生えている。老人が着ているのは、古代ギリシャ風の白い簡素な服。


 老人は、俺の前に進み出て来ると、真っ直ぐと俺を見て聞いた。


「……そなたは、進藤タケヒトで間違い無いな?」


 威厳のある老人のオーラに気圧されながら、俺は答える。


「……はい、俺は進藤タケヒトです」


 すると、老人は一歩下がり――土下座した。


「この度は、すみまっせんでしたああああああ!!!」

「へ?」


 俺が素っ頓狂な声を出すと、老人は事情を話してくれた。



 話によると、老人は神様で、人の寿命を管理しているらしい。しかし、現世の様子を面白おかしく観察しながら書類仕事をしている内に、書類を書き間違えたらしい。



「……で、俺の寿命を『九十七歳』と書こうとした所、間違って『十七歳』と書いたと……」

「はい。そしてあなた様は、享年十七歳となったわけで……」


 俺は、フッと笑い、一瞬間を空けた後叫んだ。


「ふざっけんなああああ!! 確かに俺の人生、大して面白くなかったけどな、早く死にたかったわけじゃ無いんだよ! まだまだ可愛い彼女を作って結婚する夢を諦めたわけじゃ無かったんだよ! それなのに、何してくれとんのじゃあああああ!!!」


 老人――神様は、申し訳なさそうな顔で俺に提案する。


「あの、お詫びと言ってはなんですが、異世界で新しい人生を謳歌するというのはいかがでしょう?」

「新しい人生?」


 どうやら、俺は十七歳から先の人生を異世界で過ごす事が出来るらしい。しかも、なにやら凄いスキルを付与してくれるのだとか。


「凄いスキルって、何だよ?」

「それは、異世界に行けば自然とわかる事でしょう。……異世界に行くも行かないもあなたの自由。いかがなさいますか?」


 異世界に行かなければ、俺は記憶が消えた状態で現世に転生するだけらしい。それも悪くないけれど、せっかくなら記憶がある内に異世界とやらを見てみたい。異世界モノの漫画やアニメは好きだったしな。


「……じゃあ、異世界に行かせてくれ」

「承知致しました。……良い人生を」


 神様が穏やかな笑顔でそう言った直後、俺の周りを無数の光が取り囲んだ。そして次の瞬間、俺は意識を失った。


       ◆ ◆ ◆


 目が覚めると、俺は湖の畔に横たわっていた。起き上がって辺りを見てみると、湖の側には野原と森が広がっている。遠くにまばらな民家もみえるし、ここは長閑のどかなヨーロッパの田舎といったところか。


 俺は、キラキラと太陽の光を反射する水面に自分の姿を映してみる。そこに映ったのは、銀色のショートヘアに青い瞳の十代後半の少年。これが今の俺の姿か。イケメンだな。以前の俺とは比べ物にならない。


 服装もカッコいい。白い長袖シャツにくすんだ緑色のベスト。茶色いズボンも良く似合っている。


 これなら可愛い女の子とお近づきになれるかも……。


 そう考えてニヤニヤしていた俺の耳に、悲鳴が聞こえる。


「キャアアアア!!」


 俺が振り返ると、そこにはヨーロッパの貴族らしき女の子。剣を構えた青年。そして、頭が八つある巨大な蛇がいた。



 巨大な蛇は、貴族の女の子に狙いを定めたようで、頭の一つが勢い良く女の子に襲い掛かる。

 女の子を守ろうとする青年は、女の子の前に出て剣を一振り。百メートル程離れた位置にいる俺に風圧が来る程力強い一撃だった。


 女の子に襲い掛かった蛇の頭が切り落とされるのが見える。俺はホッとしたけれど、次の瞬間目を見開いた。

 蛇の頭が、再生したのだ。


 青年は、苦い顔をしながら何度も蛇の頭を切り落とすが、蛇の頭は何度も再生する。そして、蛇の頭の一つが青年の身体を叩きつけ、青年は地面に激突した。


「エーレン!!」


 女の子がまた叫ぶ。エーレンと言うのは青年の名前だろうか。そして、女の子は俺の存在に気付くと、慌てた様子でこちらに駆けて来た。

 女の子は必死に俺に話し掛けるが、異国の言葉なので、俺には彼女が何を言っているのか分からない。


 不思議な事に、俺の頭にどうするべきかがスッと浮かんだ。俺は宙に手をかざして叫ぶ。


教科書テキスト召喚!『初心者でもわかるシュペングラー語』!!」


 すると、空中に魔法陣が現れ、そこから分厚いテキストのようなものが飛び出してきた。俺はそれを受け止めると、早速テキストを開いてみる。

 シュペングラーという言葉は聞いた事が無いが、今の状況からするに、この女の子が話しているのがシュペングラー語なのだろう。


 不思議な事に、テキストをパラパラと見ていくだけで、言語の知識が頭に入る。これも神様のくれたスキルか。


 改めて女の子の方に視線を向けると、女の子は焦った様子で言った。


「何か本が出て来たみたいだけど、あなた、本を読んでいる暇は無いわよ! 早く逃げて! 大丈夫。あの魔物は、きっと私の護衛騎士であるエーレンフリートが何とかしてくれるから!」


 あの青年、エーレンフリートという名前なのか。俺は、エーレンフリート……エーレンの方に向き直る。


 彼は、必死に蛇の魔物と闘っているようだけれど、なかなか決着がつかない上に地面に激突したダメージもある。このまま疲弊ひへいすれば彼の命が危ないだろう。


 ……よし、逃げよう。あんな剣戟けんげきが出来るエーレンでさえ手こずってるんだ。このままここに留まれば、俺の命まで危ない。



 エーレンが、蛇の尻尾でまた地面に叩きつけられる。


「キャアア、エーレン!」


 ……うん、逃げるぞ。



 エーレンが、蛇の頭の一つに腕を噛みつかれる。


「そんな、エーレン……!!」


 いやいや、俺は逃げるぞ。



 エーレンの身体が、蛇の身体に巻き付けられる。


「イヤアアアア、エーレン!!」


 逃げるぞ、逃げ、逃げ……。



「だああああ、もう!」


 俺は語学のテキストを放り投げると、宙に手を翳して叫んだ。


教科書テキスト召喚!『魔物生態学』!!」


 また魔法陣が浮かび上がり、分厚いテキストが飛び出してくる。俺は素早くそれを手に取ると、パラパラと捲った。そして、エーレンの方に向かって叫ぶ。


「エーレンフリートさん! 聞こえますか!? その魔物はほぼ黄色い瞳ですが、一つだけ赤い瞳があるはずです! そこを狙って攻撃すれば、きっと魔物は再生出来ません!!」


 エーレンは、俺の方を向いて怪訝な顔をしたものの、素早く視線を動かし、赤い瞳を見つけた。そして、無理矢理自分に巻き付いている蛇を離すと、剣で素早くその瞳を貫く。


「ウギャアアアア……!!」


 蛇の魔物は、断末魔の悲鳴を上げながら崩れ落ちていった。


       ◆ ◆ ◆


「エーレン! 良かった、無事で! ごめんなさい、いつもあなたばかり頼って……!!」


 エーレンの側に駆け寄った女の子が涙目で言う。エーレンは、ニコリと笑うと、女の子に向かって言った。


「ハイデマリー様がご無事で何よりです」


 そしてエーレンは、俺の方に視線を向けると、深々と頭を下げた。


「あなたが魔物の弱点を教えて下さったおかげで、魔物を退治する事が出来ました。ありがとうございます」

「いえいえ、大した事はしてませんから」


 俺は、手を振って笑顔で答えた。いつの間にか、語学のテキストと魔物生態学のテキストは消えていた。


「……お名前を伺っても?」


 エーレンに聞かれ、俺はどう名乗ろうか迷った。そして、結局本名を名乗る事にした。


「……タケヒトといいます」


 エーレンは、ビシッと姿勢を正すと、胸に手を当てて言った。


「私は、このシュペングラー王国の近衛騎士団団長、エーレンフリートと申します! こちらにおわすお方は、シュペングラー王国の王女、ハイデマリー・シュペングラー様であらせられます!」

「王女おおおおお!?」


 俺は思わず叫んだ。身なりが良いとは思っていたけれど、まさか王女だとは……!

 エーレンは、さらに言葉を続ける。


「タケヒト様。先程の知識、感服致しました。……よろしければ、後日騎士団の訓練所で、魔物についての講義をして頂けないでしょうか?」


 俺は唖然とした。俺は、可愛い奥さんをゲットして幸せな生活をしたいだけだったのに、こんな事になるなんて。

 俺はこれから、どうなってしまうんだろう……。

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