想いよ。風に乗り、空の果てへ

 国が真っ二つに割れる様な争いが起きまして、私は敬愛する殿様を失いました。


 燃え盛る城の中で、せめて最期くらいはサムライらしく。

 殿様を護れなかった我が身を恥じて腹を切ろうと考えていたのですが……奥方様に止められてしまいました。

 「お前には夢があるだろう」と奥方様は私の両肩を掴みながら仰られました。

 不甲斐なき我が身の夢など、どれほどの価値がございましょう。


「その様に言う物ではありません。貴女は十分に務めを果たしました。それは十分すぎる程の働きでしたよ」

「奥方様……!」

「私達はね。貴女の語る夢の話が好きだったのです。魔法の箒で空を飛んでみたいという……貴女の夢が」

「私は」

「西の果てには魔法使いの国があると聞きます。行って夢を叶えて来なさい。私達は空の上から貴女を見守っていますから」


 奥方様は私の頭を優しく撫でて下さり、微笑みを向けて下さいました。

 生まれた時より親の居ない私にはよく分かりませんが……この様なぬくもりを母上と呼ぶのだと思います。


 しかし、そんな私達の時間は無粋な乱入者により終わりを迎えました。


「探したぞ! ガキ!」


 私は急ぎ腰に差した刀を抜き、不埒者共を切り捨てようとしました。

 しかし、そんな私を奥方様は突き飛ばし、叫びます。


「行きなさい! 貴女の夢に向かって! これは命令です!」

「コイツ! 邪魔をするな!」

「雫!」


 奥方様の言葉に反応して、体は無意識に外へと飛び出していました。

 窓を破壊し、満天の星空の中へ。

 そして、頭から落ちながら奥方様を見ると、何かを叫んでいるのが見えました。


『貴女は生きなさい! 雫! 私達の……可愛い』


「っ! 私は!」


 地面に向かって落ちていく体を反転させて、私は地面に降り立つとそのまま駆け出しました。

 燃えて崩れ落ちてゆく城の音を聞きながら、それでも振り返らずに私は走り続けました。



 それから、私は長い時を掛けて西へと進みました。


 時に旅人に。

 時に町の方に。

 魔法使いの国について尋ね、彼らの指し示した方へ歩きます。


 それが私の夢であるからです。

 私は夢を叶えねばなりません。絵本で見た様に、魔法の箒で空を飛ぶのです。

 奥方様も私がそうある様にと望んでおられました。


 だから……。

 見た事もない様な巨大な獣が出ようとも。

 全てを吹き飛ばす様な嵐が来ようとも、私はただひたすらに西へ進み……やがて大きな国にたどり着きました。


 その国は、まさに絵本で見た様な魔法の国でした。

 人々は摩訶不思議な術で空を飛び、手から火やら水やらを出していました。

 これぞまさに魔法です!

 私は遂に、魔法の国に辿り着いたのです。


 感動のあまり私は町の入り口で泣いてしまいましたが、とても親切な方に声を掛けていただき。

 しかもその方に魔法の使い方を尋ねました所、魔法学校なる所に通う方が良いと教えていただきました。


 そして、その御方のご助力もあり、私は魔法学校の偉い方と知り合う事ができ、無事魔法学校に通える様になったのです。

 大変ありがたい事です。

 後は勉学を重ねれば夢が叶います。



 それから時は流れて冷たかった空気も穏やかな心地となってくる頃。

 私は魔法学校へと足を踏み入れました。

 これから入学式……のハズだったのですが、何やら事件が起きている様で敷地に入ってすぐの所で人が大勢集まっておりました。

 そして大勢の人に囲まれた中央部分から、何やら声が聞こえます。


 私は一人の声に酷く聞き覚えがあった為、近くの木に登り中心部を観察しました。


「まったく! 君には呆れ果てたものだ!」

「殿下。弁明の機会を頂けないでしょうか」

「その様なもの! 必要ない!」

「殿下……!」

「自らの正しさを証明したいと望むのならば、剣を取れ!」


 あの御方です!

 泣いていた私に声をかけて下さった方です!

 その御方が!剣を向けられています!


 私は思考するよりも早く、あの御方の前まで跳び込みました。

 その衝撃で綺麗に並べられた地面の石が砕けてしまいましたが、些細な問題です。


「なに!?」

「御恩を返しに参りました!」

「御恩?」

「はい。貴女様に向けられる刃! この私が払って見せましょう!」

「貴女!」


「なんだ君は? 見た所、貴族では無い様だな」

「はい! 私は出自の分からぬ捨て子です!」

「しかし、貴族同士の決闘に首を突っ込もうというのか?」

「大恩がありますから!」


「……まぁ良いだろう。余興だ。相手をしてやる。剣を抜け」

「はい!」


「我らの決闘は血なまぐさい殺し合いではない。自らのわざを見せるものだ」

わざ、ですか」

「そうだ。我が身に刻まれしわざを見せてみよ!」

「分かりました!」


 私は刀を抜いて静かに構えました。

 そして開始の合図と共に足元の石を踏み砕いて最高速で駆け抜けます。


「私は……」

「雷鳴……! 一閃!」


 想定通り、私の刃は容易く男性の刃を切り裂きました。

 満点です!


 ですが。


「あ、あなた!? 何をやってるの!?」

「ふぇ?」


 私は何やらとんでもない事をしてしまった様です。




 魔法学校に入ってすぐの場所で起こった騒動により、私は先生に呼び出しを受け正座をしながら先生のお話を聞いておりました。


「君には呆れ果てた物だな」

「はい。返す言葉もございません」


 先生は椅子に座りながら、キラリと眼鏡を光らせて酷く怒った様子で私を見下ろしております。

 その姿は殿様に少し似ておりました。


「あの日。道に迷った君に魔法学校への道を示したのは、この様な下らぬ争いに首を突っ込ませる為では無かったのだがね。君が魔法学校を目指した理由は何だ」

「魔法を学ぶ為でございます」

「そうだ。君は魔法を学びたいと言った。チャラチャラと下らぬ事にばかり時間を使い『魔法』という深淵を見ようともしない愚か者達とは違い、君の目は真っすぐに『魔法』を見ていた。だからこそ私は君の様な生徒こそ魔法を学ぶべきだ! と考えたのだ」

「はひ……!」


 先生は深いため息を吐くと、私にちゃんと座りなさいと先生の近くにある椅子を指し示しました。

 しかし、酷い失敗をしてしまった私にその様な高い場所へ座る権利があるのだろうか。と考えてしまいます。


「座れ、と言っているのだ。聞こえなかったかね? これは命令だ」

「はひ!」


 私は飛び上がる様な勢いで椅子に飛び乗り正座をした。


「その奇妙な座り方は……まぁ良い。とにかくだ。君は入学式に参加出来なかった。つまり既に聞かねばならぬ事を聞き逃している状態である」

「はい」

「そこで私自ら最初の授業をしてやろう」

「おぉ! 先生自ら! ありがとうございます!」


 先生は私をジッと見つめてから、ため息を一つ吐いて教科書を開きました。

 私も急いでバッグから同じ教科書を開きます。


「君は何も知らない。まず学ぶべきは歴史だ」

「はい!」

「そもそも魔法というのは、我らが生み出した物ではない。精霊より与えられた物である」

「ふむふむ」

「聖霊は当時の王に魔法の根源を渡し、それを用いて王は貴族たちに魔法を与えた。これが『原初の魔法』だ。つまり、魔法とは炎を生み出す事や水を生み出す様な事を指すのではなく、自らの心に眠る願いを具現化する物であった。という事だな」

「願い……」

「そうだ。しかし、時代が進み、魔導革命が起きてからは魔術、魔導具という物が世界に溢れ、人々から魔法の存在意義は消えていった。そして……魔法はいつしか、貴族共が自らの権威を示す為だけの物になってしまったという歴史がある。だが! だがしかし! だからこそ、我らは魔法という物がどういう物なのか知らねばならん! 聖霊は何故我らに魔法を託したのか! その意味を求めなくては『魔法使い』とは呼べんだろう!」

「おぉー!」


 先生の大変力が入った言葉に、私はパチパチと両手を叩きました。

 しかし、先生は少しばかり頬を朱色に染めると、コホンと一つ咳ばらいをして再び口を開きました


「今の時代。貴族にとって、魔法学校というのはただの社交場だ。だからこそ、君は周りになど流されず、学ぶべき事を学ばねばならん」

「はい」

「学校内での争いに首を突っ込むな。何かあれば私に言え。魔法学校は学ぶ意志を持つ生徒の味方である」

「ありがとうございます」

「ふむ。では、話は以上だ。今後は気を付ける様に」

「はい!」


 私は深く先生に頭を下げてから先生の研究室を後にした。

 そして、そのまま廊下を歩いて教室へ向かおうとしたのだが……。


「あなた!」

「……?」


 私は後ろから聞こえて来た声に振り返り、二度も助けていただいた御方に頭を下げる。


「こんにちは!」

「はい。こんにちは」


 私は早速素敵な御方に出会えてニコニコとしてしまったのだが、どうやら親切な方は違うらしい。

 どこか不安そうな顔をしていた。


「あなた。大丈夫だった?」

「何がでしょうか?」

「テスタ教授。蛇みたいな男だって有名よ? ネチネチと執拗にミスを指摘する嫌味な男って。何か酷い事されなかった?」

「はい! 何も! 先生はいつも私によくしてくださいます!」

「……騙されてない?」

「はい。殿様……あ、いえ、父上様の様に素敵な方です!」

「そう……父親もあんな感じなのね。可哀想に……何かあったら何でも言いなさい」

「ありがとうございます!」


 この学校は素晴らしい方ばかりです!

 しかし御恩ばかり増えてしまい、何かお返し出来ればと思うのですが。


「んー。でも、それだけじゃ心配か。そうね。貴女。私とお友達にならない?」

「お友達ですか!?」

「そう。お友達」

「それはとても嬉しいのですが、私にその様な大役が務まるか」

「大丈夫よ。じゃ決まりね。これからよろしく。何かあったらすぐに言うのよ。じゃあね」


 手を振り離れてゆく親切な方を見送りながら私は感動に打ち震えていました。

 なんて素敵な方なのでしょう。


 奥様。殿様。魔法学校はとても素敵な場所みたいです!

 ここで魔法を学び。私もお二人の元へ行きたい物です。


 きっと空を飛ぶ魔法なら、空の果てに逝ってしまったお二人にも会えるでしょうから!


「私の想いよ。風に乗り、空の果てへ。愛する人たちの元へ私を導いてください」

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