愛は流星群~受け取ってください愛しい人!~
「どうしてこんな危険なことをしたんだ!」
大好きな人の悲痛な叫びに、グリンレインは強く胸を締め付けられた。
曇天の空を背負ってグリンレインを庇うその人は、今の空と同じ髪色をしている。鋼石に似た目をつり上げて、精一杯の怖い顔でグリンレインを睨み付けていた。
「魔物の前に飛び出すなんて、一歩間違えたら死んでいたんだぞ!」
片腕でグリンレインを庇い、もう片腕で飛びかかってきた魔物を切り伏せた彼の手は震えている。
自惚れでなければそれは、グリンレインを庇って魔物の長く鋭い爪で腕を裂かれたからではない。グリンレインがその爪で失われそうになったからだ。
抱き寄せていた腕が離れて、血だらけの手がグリンレインの頬に触れた。小柄なグリンレインの顔を覗き込んだ彼は、とても情けない顔をしていた。
「あなたを傷つけたくないから、俺は……!」
「メンタル様の方が、大怪我をしているのに」
「俺は慣れている! 戦うために選ばれた一族だ。妖精の加護もある! か弱いあなたとは違う!」
叫んで、グリンレインが大好きな人は……魔物から国を守る為に戦い続けている人は、グリンレインを城壁へと押しやった。
「戦いはまだ続いている。内側に入ることはできない……貴方はここで、じっとしていてくれ」
メンタルの両手は血塗れだ。
剣を握った右手は魔物の返り血。だらりと下がった左手は、グリンレインを庇って負傷した。
魔物の来られない城壁の内。そこへ追いやられるのはグリンレインだけ。
怪我を負っても戦うために背を向けるメンタルの外套を、グリンレインは力強く掴んだ。
「わかっていました……メンタル様が、わたくしがか弱いから、怪我をさせたくなくて、わたくしを遠ざけていること」
メンタルは振り返らない。
「だから、わたくし……」
彼の視線は仲間達が押し返している魔物の群れに向かっている。
人の営み、城壁に魔物を近付けない為に戦う人々。彼もその一員で、今は戦いの時。
グリンレインは俯いて、深呼吸をして……やっとの思いで、告げた。
「わたくし……メンタル様に負けないくらい強くなってきましたの!」
「は?」
虚を突かれたメンタルが思わず振り返る。
振り返った先には、メンタルの背丈の半分しかないのではないかと疑いたくなるほど小柄な少女。
艶やかな金髪を青いリボンで編み込んだ少女は、春の空のような青い目をキラキラ輝かせてメンタルを見上げていた。
「……今は冗談を聞いている暇も惜しい」
「冗談ではありませんわ!」
「魔物を倒せるのは妖精の加護がある者だけで……」
「わたくし悪徳妖精と契約してきましたの!」
「……はあ!?」
「怪我人のあなた。そこでご覧になっていて!」
「ちょ……っグリンレイン!」
久しぶりに呼び捨てにされて乙女の部分がときめいたが、グリンレインは細っこい足を必死に動かしてメンタルの前に出た。
そして、懐から流星の描かれた小物入れを取り出す。
「メンタル様は……わたくしがお守り致します! 行きますわよ、悪徳妖精!」
『あ~もうしかたがねぇなぁ~~!』
どこからともなく現れた黒猫がグリンレインの頭に飛び乗る。その黒猫から中年男性のダミ声が響いたので、メンタルは手にした剣を横薙ぎにしそうになった。新手の魔物かと思ったのだ。それをしなかったのは、その黒猫に見覚えがあったから。
「お、お前は……グリンレインと一緒に怪鳥に連れ去られていた黒猫!」
『その節は助けてくれてありがとうなハガネの旦那ァ』
黒い毛並みに金色の目をした猫は、ぴょんと跳ねて空中で一回転した。
『それゆけ、流れ星は君の願いを待っているゥ~!!』
「変身(ティンクルシャワー)!」
黒猫とグリンレインが叫ぶと、流星の小物入れが七色に光り輝いた。
きゅらきゅらきらきら~!
自動で蓋が開き、中からリボンのように星屑があふれ出る。星屑のきらめきがグリンレインを包み込み、身につけていた衣服が形を変えた。
星の軌道が布となり、グリンレインの身体を隠す。身体のラインを強調し、音を立ててドレスに変化していく。
パニエたっぷりのスカートは傘のように膨れた膝丈。細い足は星屑のタイツで覆われ、足元は白いショートブーツ。胸元にはたっぷり紫のリボン。金の髪に紫のメッシュが入り、ツインテールに結われて風に靡いた。
踊るようにステップを踏む少女が踵を鳴らして立ち止まった瞬間、力強く蓋の閉まる音がした。流星の小物入れはポーチになって細い腰に装着される。
「愛のきらめきが止まらない!」
白い手袋に包まれた手を翻し、両手でハートを作って、メンタルへと振り返りにっこり笑顔。
「わたくしのラブ、あなたにだけの流星群。ラブシャワー!……あなたにだけ、ですわよ?」
「??」
メンタルの目は点になった。
そんなメンタルを気にせずに、グリンレインは小物入れの形をしたポーチに手を突っ込んで武器を引っ張り出した。
質量の法則を無視して現れたのは、大きな星に流動線。流れ星の形をしたマサカリ。
マサカリだった。
「愛の為! ラブシャワー! 魔物退治に参戦、ですわー!」
「????」
小柄な少女が流星のように駆けていき、巨大なマサカリで魔物を吹き飛ばす様子を、メンタルは宇宙を背負いながら見送った。
――突然だが、世界観の説明をさせて頂こう。
その昔、妖精と人はよき隣人同士だった。
人は身に宿した魔力を妖精に分け与えることで魔法を使い、生活や戦闘に役立てていた。
瘴気から生まれる魔物を倒すには、魔力を宿していても扱えない人では荷が重すぎた。妖精と協力することで、自然属性の魔法を操ったり怪我の治りを早めたりすることが可能となった。弱肉強食な世界を生き抜く為には妖精の力が必要で、妖精にとっても人に宿る魔力は最上の甘露だった。
しかし、一人の魔法使いが妖精の女王を怒らせた。
女王の怒りから、多くの妖精が妖精界に引きこもってしまった。
ちなみにこの魔法使いが一体何をしたのか、詳細は不明である。
女王と恋仲で浮気をして怒られたとか、魔法の研究で妖精を大量虐殺したとか、あほらしい理由から残虐な物まで諸説ある。真実は未だ解明されていない。
妖精と良き隣人であった人々はこれに大混乱。生活も戦闘も立ちゆかなくなり、魔法使いは大罪人として投獄される。
しかし魔法使いを罰しても、妖精達は戻ってこない。瘴気から生まれる魔物達も待ってはくれない。
弱肉強食の理に翻弄される人間を憐れに思った妖精の一部が戻って来てくれるまで、人は数を大きく減らした。
人が生活を、戦いを続けられるのは、隣人として人に好意的な妖精が力を貸してくれるから。
しかしそれはほんの一部。女王を怒らせた人間達に愛想が尽きた妖精は、人間に対して洒落にならない悪戯をするようになった。
『というわけで、現在この世界には厚意で人間に力を貸しているラブリーキュートな妖精と、人間を騙くらかして甘い汁を吸おうとするデンジャラスダークな妖精の二種類がいるってわけさァ。簡単に表現するなら天使と悪魔。わかりやすいだろォ』
「そんなお前は」
『甘い汁が吸いたくて世間知らずのお嬢ちゃんに近付いた悪徳妖精でさァ』
「成敗」
『ア――――ッ!! そりゃねぇぜハガネの旦那ァ!! ちゃんと悪徳妖精について説明したじゃないですかァーッ!!』
「俺が欲しかったのは、その悪徳妖精が、グリンレインに何をしたのかだ!」
太々しい黒猫の姿をした妖精の後ろ足を掴んで逆さ吊りにしたメンタルは、厳しい顔つきのまま顔を上げた。
瘴気と呼ばれる、身を清めた神から零れ落ちた負の結晶から生まれる魔物。
身体は石より固く、四肢を断ち切ってもすぐには倒れぬ生命力を持ち、複数の獣を掛け合わせたような姿をしている。魔法による肉体強化がなければ、どれだけ鍛えた人でも命を散らすことになるほどの脅威。
その脅威相手に立ち向かう、マサカリ担いだ可愛い女の子。
「メンタル様ぁ~大好きアタック! 大好きアタックアタック!! ラブラブになりたいバスター! お近付きクイッククイックメロメロウインククリティカル!!」
マサカリが魔物に叩き込まれるたびに散る星屑エフェクト、ハート乱舞。
妖精の加護がある一族に産まれ、魔物と戦う宿命を背負ったメンタルの仲間達は、一体何が起きているのかわからないという顔で少女の活躍をぽかんと眺めていた。
なんとも現実味のない光景だ。さりげなく傷だらけの彼らにファンシーなエフェクトが飛び、傷が癒えていくのも現実味がない。
「愛情チャージ完了……全力アタック、ラブシャワーパワー!!」
頭上でぐるぐる振り回した流星の形をしたマサカリを、巨大な魔物に向かって振り下ろす少女。
「これがわたくしの、愛ですわー!!」
振り下ろしたマサカリからハートズッキューンッという謎の効果音が響き、魔物が断末魔をあげて四散する。
「わたくしの愛は流星群! 魔法少女ラブシャワー、可憐に勝利、ですわ!」
魔物を一掃した魔法少女ラブシャワー……いいや、グリンレインは、くるくる回って決めポーズをとり、メンタルに向かってばちこんとウインクした。
謎のエフェクトが飛んだ。
メンタルは頭を抱えた。
こんな時でも婚約者からのウインクにときめいた胸ではなく、情報過多で爆発しそうな頭を抱えた。
何が起きたのかわからず、この情報をどう処理したらいいのかもわからない。何より一番わけがわからないのは……。
「魔法少女って、何だ……!?」
『考えるな。感じろ』
メンタルは無言で、キリッとした顔で断言した悪徳妖精をシェイクした。
魔法少女がなんなのかわからない、が。
グリンレインがメンタルの為に、代償を支払い力を得たのは、理解した。
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