B-2グループ

あぶらかだぶらな魔法少女は魔法老婆になりたくない!

「にゃーと契約して魔法少女になってにゃん!」


 ――いやです。


 と、危うく返事をしそうになった。


 私は昔からたまにおかしなものが見える。とはいっても、足だけ歩いていたり何かの影が通り抜けていくのを見たりする程度で、ほぼ害はない。自分から近づかなければいい。


 ちょっといつもとは毛色が違うけど……。


 私は何も見えてない。

 見えていないことにする。


 こんなネコみたいな顔して、リカちゃん人形が着てそうなドレスを身に着けて、ぷかぷか浮いてるおかしな物体は無視の一択だ。


「沈黙は同意と受け取るにゃん。嫌なら嫌だと言うはずにゃん。契約完了。そーれいにゃーんっ!」


 きらりらりーん。


 突然、私と猫の周囲が光に包まれた。気づけば、奇妙な腕輪が私の腕にぴたりと張り付いている。銀色の輪に赤い宝石が埋め込まれていて、その中では炎のような何かがゆらゆらと揺らめいていた。


「はぁ!? 今から部活に行くのに困るんだけど!?」


 ……しまった。結局おかしなモノに反応してしまった。でも、こんなものをつけられたらもう無関係ではいられない。


「仕方ない……部活は休んで、祓ってもらいに行くか」


 美術部なので、体育会系の部活とは違って休んでも誰かに迷惑はかけない。


 お母さんが祓える住職様とお友達でよかった。大学一年生の時に知り合ったらしい。二年生からは他の大学の仏教学科に入り直してしまったそうだ。「一年間だけ自由にさせてもらったんだ」と寂しそうに言ってたとかなんとかで同情はするものの、私にとってはただの頼れるオッサン住職様だ。


 私と同い年の息子がいるらしく、その子も祓えるとか。今後のためにも繋がっておきたいんだよね。


 ……今日、会えるかな。


 スマホを取り出してっと。


「にゃーのことは祓えないにゃんよ」

「えーと、まずはお母さんの連絡先を……」

「にゃーは神様の使いにゃん。創造主の使いだから無理にゃん」


 ペタッと、スマホを操作する私の手に肉球が触れた。


「え、なに。この存在感、おかしくない?」


 ぷにぷにぷにぷに。

 ついスマホそっちのけで触ってしまう。


「安心するにゃん。その腕輪をしていると魔法少女補正が発動するにゃん。にゃーと話していても変身しても誰にも違和感は持たれず、通報もされないにゃん。なんなら『魔法少女やってて遅刻しました!』とか言っても、そっかー大変だなで受け入れてもらえるにゃん。すごく便利にゃん」


 これはアレか。

 超常現象的な何かなのか。確かに、お化け属性は低そう……。神の使いとか言ってたっけ? それはそれで胡散臭すぎる。


「分かった。話だけ聞いてあげる。まず質問が三つ、神の使いがなんでネコなの。魔法少女ってなんなの。どうしたらこの腕輪は外れるの。契約解除はできないの」

「質問が四つになってるにゃん」

「考えながら話してるの! いいから早く答えて」


 まだ部活には間に合う。

 今は夏休み。

 暑いし、駅へと向かおう。


「まずは姿にゃんね。腕輪が外れずに持ち主が死んでしまうと、この姿にちなんだ生物になって戻れなくなるにゃん。ネコは道端で皆に愛されてたから、ネコにしておいたにゃん」

「……持ち主って死ぬことあるの。危険なの」

「全然ないにゃん。魔法少女から魔法熟女、魔法老婆になってもいいから、死ぬまでにどうにかするにゃん」


 だんだんと頭が混乱してきた。


「魔法少女の目的は」

「てきとーに困った人を助けることにゃん。ピンチになるとお助けヒーローが現れるにゃん。互いにその役割に満足してハイタッチすると腕輪が外れて、にゃーも帰れるにゃん。ついでに契約解除は無理にゃん。もうデータが光と一緒に送られたにゃん」


 てきとーすぎる!


「もっとこう……困ってる人が多い国をさ……」

「レポートを書くのが楽そうな国にしたにゃん」

「神様も適当すぎない?」

「生命体を助けるのに飽きたみたいにゃん。イタチごっことか言ってたにゃん。どの星のどの国を選ぶのかも全部お任せされてるにゃん」

「ピンチになると現れるお助けヒーローって誰……」

「どっかの誰かが、にゃーと一緒に来たマスコットキャラに選ばれてるにゃん」


 ……日本のアニメに詳しすぎない?


 話していたら駅に着いた。電車もちょうど来てくれた。そうして乗り込むと――、


「ふぇっ、ふぇっ、ふわぁぁぁんっ!!!」


 小さな女の子が泣いている。その子のお母さんは大慌てで玩具の人形をフリフリしているものの、泣き止まない。


 ――腕輪が光り始めた。


「今にゃん! 変身するにゃん!」

「はぁぁぁ!?」

「てきとーに変身文句を唱えれば変身できるにゃん! 皆、期待の眼差しにゃん!」

「なんで期待なの!」

「魔法少女補正とはそーゆーものにゃん!」


 いつもの電車の中。

 意味不明な言葉を発しなければならない羞恥心は、おかしな光により焦りへと変わり――私は唱えた。


「あぶらかだぶら! 魔法少女にな〜れ!」


 かくして私は、その言葉のイメージに引きずられた、あぶらかだぶらな魔法少女☆ひかりちゃんへと変身した。


 *☆*


「これは魔法少女じゃないと思う」


 つい突っ込んでしまう。


 まず、スカートではなくアラジンのようなゆったり白ズボンだ。くるぶしできゅっとしまっている。薄い水色の上着に、金の縁取りをされた青いビキニトップス。千夜一夜系だ。


 髪も触ってみる。


 ポニーテールなのは変わらないものの、派手な髪留めのせいかガサガサしている。


「さ、さっきの変身文句のイメージ通りになってるはずにゃん。そんなことより困ってる人を助けるにゃん!」


 もしかして私は、ほんの少しばかり期待していたんだろうか……。どうしてこんなにガッカリしているのか分からない。


 でも、魔法少女補正なのか確かに期待の眼差しを感じる。


 仕方ない!

 やるか!


「って、何をやるの!」

「欲しいものは何でも出てくるにゃん」

「え、当選した宝くじも!?」

「……高額なものは無理にゃん。それに、人助けが目的じゃないとダメにゃん。もしかして、人選ミスだったかもにゃん」


 勝手に選んどいて失礼だな!?


 まぁいいや。

 それより……。


「えっと、可愛いね〜」


 恐る恐る小さな子に近づく。

 二歳くらいだろうか。


「うわぁぁぁんっ!」


 泣いてるよーぅ。他人事だと可愛い泣き声なのに……。この子のお母さんも、ものすごく申し訳なさそうにしている。


「ほら、魔法少女のお姉さんが来てくれたよ」

「うわぁぁぁんっ!」


 うぅぅ。

 やっぱりここはシールだよね!


「いでよシール――って、ほんとに出たぁ!? ほ、ほ〜ら。怪獣さんのシールだよぉ」

「うわぁぁぁんっ!」

「あ、女の子だもんね。えっと、いでよ魔法少女シール!」


 って、デザインがアラジンっぽい!


「ご、ごめんね。んーっと、いでよお姫様シール!」

「うわぁぁぁんっ!」


 駄目だー。

 電車の中の皆さんが、可哀想な子を見るような目に変わっていく……!


「あ、お菓子のがいいかな。飴玉はまだ無理だよね」

「はい……この子はバナナが好物なんですが……」

「いでよバナナ!」

「あっ、細かく切られてないと無理で……」

「いでよ、お皿に入った細かく切ったバナナ! あ、スプーンも!」


 周囲の空気が絶対零度だ。


「はい、あーん」

「うわぁぁぁんっ!」

「パニックになってるかもです。あの、もう大丈夫なので……」


 電車の中の空気が冷たすぎる。空回りしている私への同情や哀れみしかない。「若いから……」という声もボソッと聞こえてきた。


 いたたまれなくて泣きそうになり――そして、周囲が青色の光に包まれた。


 もしかして、お助けヒーローが来る!?


 今の私を助けてくれるのなら、誰でもいい! 白馬に乗った王子様じゃなくてもいい! ビキニアーマーを着たアラジンとかでもいい!

 

 誰でもいいから、助けて!!!


「封印されし力、今こそ解き放たれよ」


 厨二っぽい台詞がどこからか聞こえる。そして目の前に現れたのは――!


 ううん?


 王子様どころか、漆黒の服。肩から流れるマントは長く、赤い刺繍で複雑な紋様が刻まれている。鎖が服に絡みつき――そして、極めつけには背中から突き出すように広がった漆黒の翼。


 ……電車内ではご迷惑だ。


 青年が泣きじゃくる少女に跪いた。

 黒蝶の仮面を取ると――、


「いな〜いいな〜い、ばぁ!」

「きゃっはっはっはっは」


 どんな顔したの!?

 こっからじゃ見えないよ!?


「いな〜いいな〜い、ばぁ!」

「きゃっはっはっはっは」

「んっふっふっ」

「あっはっはっ」


 お母さんや隣の人まで笑い出したよ!?

 私も見たい!


『〇〇駅に到着です』


 電車内にアナウンスが流れた。


「あ、私たちここで降りるので。ありがとうございました!」


 終わっちゃったー!

 黒蝶のお面も付け直してしまった!


 ひらひら舞っている鮮やかな蝶は、彼のマスコットキャラなのだろうか。


「それではな」

「ま、待って!」

「どうした」

「あの、ありがとうございました。せめてこちらを」

「……バナナか。ありがたくいただこう。さらばだ!」


 青い光と共にヒーローは消えてしまった。同時に私の変身も解けて、周囲の人たちはまるで見失ったかのようにキョロキョロしている。


 私はしばし呆然とする。


 なんだか疲れた。何か大切なものを失った気がする。羞恥心とか羞恥心とか……。


「にゃーはいったん、姿を消すにゃん。いつでも呼べば現れるにゃん」


 ネコもどきが消えた。スマホを取り出してお母さんにメッセージを送る。


『人を魔法少女にさせる神の使いって祓えないよね』


 まさか、この行為が頼れるオッサン住職様の息子――彼との結びつきを強めることになるとは思わなかった。


 夏休み開けの始業式。

 私の高校に一人の男の子が編入してくる。


『遠藤清光、あだ名はキヨ。親は住職で俺も住職を目指している。ここに編入したのは、共に困っている人を助けたい誰かがいるからだ。得意技は悪霊祓い。目つきが悪いからって遠慮はいらない。気軽に相談してくれ。それに、これでも笑うと愛嬌があるって言われるんだ。変顔も得意だぞ。よろしくな!』


 今の私も、未来の私も、彼に対する印象は一つだ。


「キャラ、濃いな……」

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