おにあいのふたり 俺と私の幸福な終焉へと
薄曇りの空から、ぼやけた月が地上を眺める暗灰色の夜。獣すら声を殺す閑静な住宅街はどこも似たような家並みばかりで、今のもったりとした夜風とは関係なく息が詰まりそうだった。
通り雨の痕跡を殊更ひけらかすように湿気を帯びた夜の空気に流されるように、俺こと
「夜はずいぶん静かになっちまったな……」
濡れた空気をぼんやり光らせる街灯は揃いも揃って素知らぬ顔をして、俺の声に答えるものは何もない。当たり前のこと訊くなってか──思わず漏れた乾いた笑いが、質量を持った空気に容易く飲み込まれた。
俺たちの住む
だがそれだと、この静けさは説明つかない。以前は催されていた夏祭りも、ここ数年はすっかりご無沙汰だ。せっかく人気イベントだったのに、勿体ないことで。で、その理由というのがこの街のもうひとつの特徴──恐らくふたりの殺人鬼が街の中にいるってところだ。
磋蓬町にいる殺人鬼。
どうしてふたりだとされているかといえば、手口があまりに違いすぎるから。
片方はボウイナイフを使って被害者の全身を
それでもって、もう片方はそもそも人間なのかどうかさえ怪しい。というのも、そっちに狙われた犠牲者はまず人間の形で帰ってこないからだ。超大型の動物にでも食い荒らされたような有り様で、身元の特定すら難しいとか。だが、被害者の身元がわかるものが毎回わかりやすい場所に置かれているところから、どうやら人らしいという認識で広まっている。
そんなこんなでわが愛すべき磋蓬町は、たったふたりの殺人鬼によって、少なくとも日が暮れた後は日本のどこよりも明日が保証されない地域となってしまったわけである。
「まったく、迷惑だよなぁ。殺人鬼なんてさ」
しかもひとりいたって持て余すところをふたりである。正確にはひとりと「恐らくひとり」。本当に困ったもんである。
ぼやけた夜闇が、街灯で白くぼやかされている。決して狭くもない道路を歩いているのは俺ひとり。ゴーストタウンにでも迷いこんだ心地になりながら、俺は蒼白い月を見上げてひとり歩く。
音のない闇は心地いいが、長居していると何やら命でも持っているように感じられてくる。背後の闇がいつの間にか巨大な一匹の獣になって、今にも俺をその牙で引き裂いてしまいそうな、そんな殺気を滲ませた気配。夜風がやけに生暖かいのも、実は牙を剥いた獣の吐息なんだとしたら納得だ。どこかの家に植わった木が警告でもするように葉を揺らす音を聞きながら、益体のない妄想を笑っていたとき。
──────。
闇が、深まった。
はっきりと。
明らかに。
宣言でもするように。
間違いなく。
間違いようもなく。
現実逃避すら許さないほど。
認めないことを許さないと言いたげに。
自らの存在を高らかに主張するように。
ここにいるぞと叫ぶように。
闇が、一段と深まる。
心臓が、ひとつ跳ねる。
肺が締まり、喉が絞られる。
目が自然と見開かれ、呼吸が浅くなる。
これは本能的な反応だ。
何かを見たとかではない。
何かを聞いたとかでもない。
ただ、この先にいると、本能が察した。
逸る気持ちを抑えながら、その何の変哲もない曲がり角を覗き込む。
味気ないブロック塀と道路標識、供えただけで満足したように放置された献花があるだけの、味も素っ気もない道路。そこから更に曲がっていく角に、スカートの白い裾が揺らめいた。
誘蛾灯というのはこんな感じか。
或いは生き餌とでも呼ぶべきか。
思考が巡るがそれよりも確かに。
心臓がひとつ強く大きく跳ねた。
こいつだ。
俺の心を騒がせたのは、こいつだ。
赫い確信が俺を衝き動かす。
黒い渇望が俺の足を急かす。
騒ぐ心のままに、夜道を走る。
獣のような息遣いが自分のものだと気付いても、もはや止まることはできず。
ただ走る──疾る。
深まる夜の闇の中、走って辿り着いた廃倉庫。息を切らして覗き込んだそこは、地獄絵すらも生ぬるく感じるような血溜まりと化していて。
血溜まりと、ひとりの少女。
甘美なまでに醜悪で、目を背けたくなるほど美しいコントラストだった。
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