第三回 おとーふコロシアム

ライリー・ライリーはお手のもの

　ど（﹅）う（﹅）し（﹅）て（﹅）わ（﹅）た（﹅）し（﹅）は（﹅）、わ（﹅）た（﹅）し（﹅）な（﹅）ん（﹅）だ（﹅）ろ（﹅）う（﹅）？

　　　　　※

　名前は短い方がいい──最初依頼をしたとき、ムはそう言った。

　どうして？　と訊く。うまく説明できないんだ、とかれは言った。

「記憶を復元した仮想領域（ドメイン）では時系列がバラバラになる。でも、複数人で没入（ダイヴ）すると、必ず基本の座標軸となる人物がいるんだ。〝神の視点〟とも言うんだが、そんな大層なもんじゃない。

　だけど、ものごとはそいつの意識の流れで記述される。で、どうやらおれの時間遡行（タイムスリップ）能力の振れ幅はそ（﹅）い（﹅）つ（﹅）の（﹅）意（﹅）識（﹅）が（﹅）記（﹅）述（﹅）す（﹅）る（﹅）文（﹅）字（﹅）数（﹅）に（﹅）依（﹅）存（﹅）す（﹅）る（﹅）らしいんだ──」

　具体的には？　わたしは訊いた。

「そうだな──だいたい千文字くらい、じゃないかな」

「なにそれ。千文字ってどれくらい？」

「さあな。こうやってくっちゃべってればあっという間に消えてしまうだろうし、その気になれば人ひとりの人生を丸ごと描くことだってできるはずだ」

「そういうものなの？」

「例えばさ、芥川龍之介の短編の密度はすごい。かれの筆に掛かれば、千文字で濃い人生が送れるはずだ」

　でも、事実を告げる言葉はとても単純だった。「意識不明の重体」──この単語の羅列だけで、何が起きたか分かってしまう。

　わたしはこのときほど、人の物分かりの良さを恨んだことはない。

「目的は、東雲（しののめ）愛梨沙（ありさ）の記憶を探索し、犯人を見つけること。それでいいね？」

　わたしはうなずいた。

「もしかすると犯人じゃないかもしれない。それでも、真実が知りたい？」

　大丈夫。だってわたしは、あの子の親友なんだから。

　オーケイ、とムは言った。

「契約は決まりだ、名倉由依。きみは自分の意思で、危険を冒す。おれがしくじっても法律上でそのことをカバーできないからね」

　うなずいた。契約は、それで成立。

　あとは淡々と記憶を探って、真実が明らかになるだけ──そう思ってたのに。

「どうした？　それでおしまいかァ？」

　いま。わたしたちは。見（﹅）知（﹅）ら（﹅）ぬ（﹅）男（﹅）に（﹅）襲（﹅）わ（﹅）れ（﹅）て（﹅）、息も絶え絶えになっている。

　何が起きたんだろう──わたしは必死に記憶の中に降り立ってからの記憶を辿りなおしている。でも、強いショックを受けたせいなのか、とても断片的にしか思い出せない。

　アリサ──そう、アリサ。わたしはアリサの記憶の中にいる。そのはずなのに。

　こ（﹅）の（﹅）男（﹅）は（﹅）だ（﹅）れ（﹅）？

「しろうとって感じだなァ、お嬢ちゃん」

　男はムの身体を蹴り飛ばして、わたしの前に降り立った。

「おれはコリアンダーってんだ。よろしくな」

　偽名だ、と思った。何の説明にもなってないじゃない。わたしはコリアンダーを名乗る男の顔を繁々（しげしげ）と見た。

　いかつい顔、傷だらけの頬に、いかにも悪人って感じがする。少なくとも、わたしのアリサにこんな外見の友達なんていやしない。

「お前さん、記憶保護プログラムってのを知らないのかい」

「……え？」

「東雲愛梨沙は生前、自分自身の記憶にプロテクトを掛けることに合意したんだ。さすがにお前さんも知らないわけないはずだ。なんたって財閥令嬢で、若くして企画・マーケティング部の仕事にも関与している──」

　男はニヤニヤして言った。

「いわば、企業秘密ってヤツだよ。そいつを保護するためのプロテクト、それがおれさ」

　さて、と男は首を鳴らしてわたしをつかんだ。ぐぐぐ、と力がわたしを捕捉する。苦しい。痛い。やめて、やめて。

「おれがなぜここにいるのか──その経緯をきちんと説明することがおれの異能の発動条件なんだ。存在特定法（アイデンティファイ）っていうんだが、おかげでおれは侵入者が何者かを報告できる」

　男の目が光った気がした。でも、それを確認する前に、わたしは放り出された。

　見ると、男の顔は驚愕に歪んでいた。

「ばかな……」コリアンダーなる存在は、一瞬■■■になったけど、すぐに持ち直した。「そんなことはあり得ない。お前は、一体なんなんだ？！」

「……」

「落ち着け。データは名倉ユイと出ている。東雲アリサの友人？　ばかな。そ（﹅）ん（﹅）な（﹅）人（﹅）間（﹅）は（﹅）存（﹅）在（﹅）し（﹅）て（﹅）い（﹅）な（﹅）い（﹅）は（﹅）ず（﹅）なのに」

　わたしは──ぐらついた。

「わたしはここにいるよ」

　たとえどんなに否定されようと、わたしは構わない。アリサはわたしの親友。その事実に偽りも嘘も、でっち上げも存在しない。

　でも、周囲はそれを認めていない。わたしは存在しないことにされていた。どうしてだかはわからない。でもアリサはわたしに話しかけてくれた。わたしと遊んでくれた。わたしに恋愛相談もしてくれたし、父親との関係がうまくいってないことも、カレシと駆け落ちして出て行こうかってことも相談してくれた。それを、嘘だなんて──

「言わせない！　わたしは、アリサの親友なんだから！」

「あり得ない！　お前は──」

「おっと、そこまでだ」

　ムが、起き上がった。

「まったく言ってくれるぜ……少なくともおれにとっては、依頼人は存在する。その事実に変わりはないんだぜ、このクソ野郎が」

「なんだと？」

「おしゃべりはここまでだ。せっかくだが、おれの異能を喰らってもらおうか──」

　そう言って、ムは目を見開いた。

「時よ、巻き戻れ（ライリー・ライリー）！」