Bグループ
フォルトゥナ、いのちを終わらせて
最大多数の最大幸福。
ヴァーチャルリアリティなるものはそれに資した。
現実に実現不可能な資源配分は、仮想の資源で補われる。
【FALL-TUNA】の登場で世界は一段歩みを早めた。
【FALL-TUNA】――脳を格納するための完璧な水槽。いくらかの電力をベースに、たくさんの世界を内包して、ばかみたいな理想を叶えるヴァーチャルリアリティの成れの果て。
いまや通常資源を使い生活をするのはずいぶんな奢侈品となって久しい。
最低限度の生命維持と、どっぷりつかった夢の世界。
これがとある島国の行きついた――今ある命を最良の形で推し進める、最後の幸福装置であった。
「ゆえに、夢の機構フォルトゥナを脅かすものはみな人類の敵である。我ら共通の夢の基盤を壊すものはみな、排斥されなければならない――だったかな?」
私は拘束されていた。
私が希望しない限り私の望み通りになるような世界で、私は私の希望しない姿をさせられていた。
斬首刑一歩手前。ギロチンの刃が今にも落ちてきそうな光景の中で、私を踏んずけて彼は語り続ける。
「不思議かい? 僕にとっては何の不思議もないけどね」
恐ろしいほどに落ち着き払った声色に、寒気が走る。
異常だ。異常でしかありえないのに、この正常さ。
どこからどう切りとったって、怖さしかない。
恐怖で言葉が口に出ない間も、彼は話つづける。
「要するに、うっすらと超えたがってるんだよ。君だけじゃあない、誰もが、ね。君は君という可能性の内側に飽きているんだ」
「……許されませんよ、自由の侵害なんて。他者の夢の侵蝕であれば、厳罰は免れません」
口が、慣れた言葉をなんとか紡ぎ出したところで、彼は変わらない調子で答え続ける。
「免れない? 君がそうしたくてそうしているだけだろう? ここはフォルトゥナ。君が望まないことはできない。そういうふうにできているだろう?」
――そうだ、そのはずだ。
希望だけでできた、私のためだけの世界たるFALL-TUNAの中である以上、望んだことしか反映されない。起きているのなら、望んでいることである。
だというのに、ちっとも望んでないはずのこの処刑される姿になっているのは不可解というほかない。
「不思議な表情だ。これは、望んだ姿とは違うとでも?」
「違う、違うはず。私はこんなこと望んでいない」
「なら、望んでいないことがどうして起きるんだい。信じるべき人類の友人、フォルトゥナの欠陥かな?」
ふわり、と笑って見せる。
その笑顔はずいぶんと計算されたように緻密で、見るものの心に忍び込むようだった。
「いえ、フォルトゥナに欠陥はありません」
ない。くちをついて出た。
慣れ切ったことばのひとつ。そうだ、私はそう課していた。
少なくとも、職務中は、フォルトゥナに欠陥はないものと思い込む。
「ああ、いい目だ。忠実な、実に人間らしい素敵な目だ。そうだろう、君はそういうふうに生きてきた。これからもそういうふうに生きていくんだろう? 波多江八千代懲罰官」
「言われるまでもなく――カジカ・レイ」
「おや、名前を知っていただけるとは光栄の至り」
「思い出しました。そうです。そうでした」
フォルトゥナは望んだものしか映さない。
だとするならば、この状況は私の望んだもの。
いったんの忘却まで織り込んで、望みつくしたもの。
フォルトゥナのとらえた望みはたったひとつ。
数百の命を終わらしめた、大自殺教唆犯カジカ・レイをとらえること。
「そのためのフィールドに適切だったのが、これだったということでしょう」
フォルトゥナの解釈の余地というものがある。
無ければ、到底人には望みがかなえられない。すべてをオーダーメイドできるようには人間の計算能力はできていないのだから、必然として補うような演算がなされる。オーダーのない限り現実に準拠して、その中で最大限、夢に沿ったフィールドを展開する、という建前。
「その通り。君自身が僕に対する撒き餌として機能している。君のユメの空間は、僕にとってそこそこに居心地が良いようにできていて、招くようにできていて、そして、それこそが君の心のバックドアでもある」
言わんとすることはわかる。
要するに、カジカ・レイをとらえるという夢を捨てない限り、カジカ・レイに殺されかけるユメはいつだって起動させられる。そしてこの大自殺教唆犯はどうしたことか、付け入る隙すべてに浸透するように現れる。
それこそが、彼の隙とも知らずに。
――フォルトゥナに潜る以上、彼は肉体的には精神離脱をしている。
フォルトゥナ内部でしか生きられない一般市民ならそれが十分な脅威かもしれない。されど私たちは懲罰官。
現実から忍び寄り、自然計算機たる脳を止めてしまえるだけの権限を、もつ。
『……聞こえるか。エリアを絞り込んだ。あと30秒で終わらせる』
私の命も終わりそうな光景の中であれ、優秀な現実側の懲罰官からの通信は、何よりも心強かった。
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