ポットな彼を知りたい
その日、教室はざわついていた。
「はいみんな静かにー。転校生来たからー。騒がないよー」
担任が出席簿で肩を叩きながら、気の抜けた声でそんなことを言う。やる気ないよなぁ、あの担任。入っといで、という先生の声の後扉を開けて入ってきたのは……多分男子生徒。学ランだから。女の子なら、私とおそろいのセーラー服を着ているはずだ。
かつかつと革靴を鳴らして、黒板の前に転校生が立つと、ほんのすこし教室のざわめきが大きくなった。うん、わかるよ。あれは気になるよね。
教室の雑談の声に乗じて、後ろから肩を叩かれる感覚がした。
「なに? 小林」
「ね、撫子。なんか綺麗な子転校してきたね。肌スベッスペだし透明感やばいよ。ちょっとかっこいいかも」
「えそっち? うーん、確かに肌は……透明……だね?」
「何その疑問形。もしかしてタイプじゃない?」
「タイプとかそう言う話じゃなくてさぁ」
確かに
が、どうも話がかみ合わない。周囲の噂話に耳を傾けてみると、かっこいいだの身長高いだのと話している。確かに背は高いけども。うーんと……?
何度か目をしばたたかせるが、やっぱり気になるところはそこじゃないと思う。
私達がざわざわしているのを知ってか知らずか、転校生は舞台俳優のように背筋をぴんと伸ばし、黒板に名前を書いて言った。
「初めまして!
元気いっぱいに言うと、お辞儀をする神楽くん。それに合わせて、私達も拍手を返した。
「あーじゃあ、名前順で席用意しといたから。あそこの、
担任がそう言うと彼が私の横にやってきた。くそ、この不自然に空いてる席はそういうことか。
後ろから小林のテンション高めな「うわ~ちか~い!」という声を聴きながら、私は彼から目をそらす。
「君が呉さんかな、よろしく」
「あ、うん……よろしくね」
目をそらしたまま答えたのは、さすがに印象悪い。そんな事分かってる。分かってるけど、私は17年の人生で過去最高に混乱していた。
神楽君が座ったのを確認したところで、担任が今週の予定などを無気力に伝えてくる。その話を聞き流しながら、私はそぉっと横を見た。
うん。やっぱりおかしい。
――なんで転校生の頭が透明なティーポットな事に、誰も突っ込まないの?!
◆
「ねー撫子。あんた今日様子おかしいけど、大丈夫?」
「んー」
「本当に?」
「んー」
「哺乳類
「ヌー」
「……大丈夫?」
「んー」
昼休み、私と小林は廊下の窓際に腰かけながら、紙パックのジュースを飲んでいた。小林は心配してくれてるけど、ごめん大丈夫なんだけど、ちょっと大丈夫じゃない。
私はいちごオレを飲みながら、教室の様子を眺める。なんといっても神楽君は転校生だ。お昼になればある程度の人数に囲まれて、楽しそうに談笑している。……多分。なんせ表情が分からない。分からないが、今日1日様子を見ていて気づいたこともあった。
――意外と、あのポットの中身感情豊かなんだよなぁ。
今だってそうだ。楽しそうに話しているときは、身体と共に大きく中身が揺れるし、小さい花が浮く。あれなんだろうと思って調べたら、エルダーフラワーってやつらしい。かわいい花浮かべやがって。今度飲んでみよう。
ちなみに授業になると少しづつ紅茶の色が透明になっていって、ついには青くなる。バタフライピーみたいな、綺麗な色。でも頬杖ついていたからつまらないのかもしれない。
「ううん、やっぱりわからん」
「なになに、恋煩い?」
「は? 何が?」
「だって、例のお隣さんの事見て物憂げに『わかんなぁい』なんて言ってるわけでしょ」
「そんな言い方してない」
「いいやしてたね! ついに来たか~撫子にも、恋の季節が!」
「違うって」
小林の脇腹を小突くが止まらない。これだから恋愛脳は……!
「ってか小林は、あの例のイケメン先輩とはどうなったのよ」
「え~聞いちゃう~?」
そう言うと嬉々として話始める、恋に生きる女、小林。やれ先輩と一緒にお昼ご飯を食べただとか、ショッピングモールへ遊びに行くんだとか、図書館デートをするとか。仲が良さそうで良かったよかった。
そんな惚気話をうんうんと聞いていると、予鈴が鳴る。
「それでね! 先輩ったら」
「あー、小林。そろそろ教室もどろ。予鈴だよこれ」
「もう昼休み終わり? 仕方ないなぁ、まだ話きってないんだから授業終わってもさっさと帰んないでよ」
「はいはい、わかったわかった」
飲み終わったいちごオレをゴミ箱に放り投げ、席に戻る。
さて、お隣さんの観察会始めますか。
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