ポットな彼を知りたい

 その日、教室はざわついていた。


「はいみんな静かにー。転校生来たからー。騒がないよー」


 担任が出席簿で肩を叩きながら、気の抜けた声でそんなことを言う。やる気ないよなぁ、あの担任。入っといで、という先生の声の後扉を開けて入ってきたのは……多分男子生徒。学ランだから。女の子なら、私とおそろいのセーラー服を着ているはずだ。


 かつかつと革靴を鳴らして、黒板の前に転校生が立つと、ほんのすこし教室のざわめきが大きくなった。うん、わかるよ。あれは気になるよね。


 教室の雑談の声に乗じて、後ろから肩を叩かれる感覚がした。

 

「なに? 小林」

「ね、撫子。なんか綺麗な子転校してきたね。肌スベッスペだし透明感やばいよ。ちょっとかっこいいかも」

「えそっち? うーん、確かに肌は……透明……だね?」

「何その疑問形。もしかしてタイプじゃない?」

「タイプとかそう言う話じゃなくてさぁ」


 確かにはあるし、袖口や襟から見える肌が透き通るように白い。正直女である私も嫉妬するレベル。室内で遊ぶ現代っ子タイプなのかもしれない。


 が、どうも話がかみ合わない。周囲の噂話に耳を傾けてみると、かっこいいだの身長高いだのと話している。確かに背は高いけども。うーんと……?


 何度か目をしばたたかせるが、やっぱり気になるところはそこじゃないと思う。


 私達がざわざわしているのを知ってか知らずか、転校生は舞台俳優のように背筋をぴんと伸ばし、黒板に名前を書いて言った。

 

「初めまして! 神楽かぐら星也せいやと言います! 前の学校ではがっくんとか、星也とか呼ばれてました。ええと、好きなように呼んでくれると嬉しいです。よろしくお願いします!」


 元気いっぱいに言うと、お辞儀をする神楽くん。それに合わせて、私達も拍手を返した。


「あーじゃあ、名前順で席用意しといたから。あそこの、くれの横に座ってくれ。神楽が座ったら、朝のホームルーム始めるぞー」


 担任がそう言うと彼が私の横にやってきた。くそ、この不自然に空いてる席はそういうことか。


 後ろから小林のテンション高めな「うわ~ちか~い!」という声を聴きながら、私は彼から目をそらす。


「君が呉さんかな、よろしく」

「あ、うん……よろしくね」


 目をそらしたまま答えたのは、さすがに印象悪い。そんな事分かってる。分かってるけど、私は17年の人生で過去最高に混乱していた。


 神楽君が座ったのを確認したところで、担任が今週の予定などを無気力に伝えてくる。その話を聞き流しながら、私はそぉっと横を見た。


 うん。やっぱりおかしい。


 ――なんで転校生の頭が透明なティーポットな事に、誰も突っ込まないの?!


 ◆


「ねー撫子。あんた今日様子おかしいけど、大丈夫?」

「んー」

「本当に?」

「んー」

「哺乳類鯨偶蹄目くじらぐうていもくウシ科で大きい角を持ってるのは?」

「ヌー」

「……大丈夫?」

「んー」


 昼休み、私と小林は廊下の窓際に腰かけながら、紙パックのジュースを飲んでいた。小林は心配してくれてるけど、ごめん大丈夫なんだけど、ちょっと大丈夫じゃない。


 私はいちごオレを飲みながら、教室の様子を眺める。なんといっても神楽君は転校生だ。お昼になればある程度の人数に囲まれて、楽しそうに談笑している。……多分。なんせ表情が分からない。分からないが、今日1日様子を見ていて気づいたこともあった。


 ――意外と、あのポットの中身感情豊かなんだよなぁ。


 今だってそうだ。楽しそうに話しているときは、身体と共に大きく中身が揺れるし、小さい花が浮く。あれなんだろうと思って調べたら、エルダーフラワーってやつらしい。かわいい花浮かべやがって。今度飲んでみよう。


 ちなみに授業になると少しづつ紅茶の色が透明になっていって、ついには青くなる。バタフライピーみたいな、綺麗な色。でも頬杖ついていたからつまらないのかもしれない。


「ううん、やっぱりわからん」

「なになに、恋煩い?」

「は? 何が?」

「だって、例のお隣さんの事見て物憂げに『わかんなぁい』なんて言ってるわけでしょ」

「そんな言い方してない」

「いいやしてたね! ついに来たか~撫子にも、恋の季節が!」

「違うって」

 

 小林の脇腹を小突くが止まらない。これだから恋愛脳は……!

 

「ってか小林は、あの例のイケメン先輩とはどうなったのよ」

「え~聞いちゃう~?」


 そう言うと嬉々として話始める、恋に生きる女、小林。やれ先輩と一緒にお昼ご飯を食べただとか、ショッピングモールへ遊びに行くんだとか、図書館デートをするとか。仲が良さそうで良かったよかった。


 そんな惚気話をうんうんと聞いていると、予鈴が鳴る。


「それでね! 先輩ったら」

「あー、小林。そろそろ教室もどろ。予鈴だよこれ」

「もう昼休み終わり? 仕方ないなぁ、まだ話きってないんだから授業終わってもさっさと帰んないでよ」

「はいはい、わかったわかった」


 飲み終わったいちごオレをゴミ箱に放り投げ、席に戻る。


 さて、お隣さんの観察会始めますか。

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