第12話 びしょ濡れなのにエロくない……?
コンビニで水鉄砲を二つ買い、そのまま近くの道路へ。といっても周りは地平線の向こうまで田んぼが続いているような場所なので車通りは皆無だ。たぶん人すら通らないだろう。
近くの川で水を補給してきて、両者一定の距離を取る。彼女とこうして真剣にふざけ合うのは、果たして何年ぶりだろうか。10年やちょっとじゃきかない気がする。
「じゃあ、5回当たったほうが負けっていうことで」
「いいだろう、負けても文句言うなよ?」
「それはこっちのセリフ……だよっ!」
「なにっ!?」
と、いきなり志乃が距離を詰めてきて懐から水を発射してくる。俺は生存本能を働かせてなんとか避けきり、急いで距離を取り直した。
「ひ、卑怯だぞ!」
「子供どうしの戦いに卑怯もなにもないよっ」
次々と襲い掛かってくる水の銃弾を必死の思いでかわしていく。このままでは、こちらがいっさい攻撃できないままジリ貧でやられるだけだ。なにか早く策を打たないと……
と、道端に使い古されたビニール傘が捨てられているのを発見した俺は、それを拾って盾としながら志乃に詰め寄る。彼女は必死に俺の足元を狙ったり回り込んだりしようとするが、傘に阻まれてなかなか思うようにいかない。
「えっ、ちょっ、それはずるいってば!」
「何も言わずに先制攻撃してきたやつのセリフではないな」
傘で攻撃を防ぎながら水鉄砲を撃ち、一回、二回と水を当てていく。我ながらこの水鉄砲戦における最適解を見つけてしまったようだ。志乃には悪いがこのままチェックメイトといこう。
「ところで負けた方は罰ゲームとかどうだ」
「勝ちを確信してから罰ゲームの提案するのやめてよぅ!?」
「そうだな、じゃあ今後一週間はメイド服を着て夕飯をつくってくれ」
「ぜんぜん話聞いてないし!」
志乃はその細い身体を活かして銃撃をするすると回避する。なかなかすばしっこいやつだ。できるだけ距離を取らないような立ち回りを心がけよう。
俺は彼女があまり左右に移動できないように、両側に木や川があるポジションへと彼女を誘導する。志乃も途中で俺の考えに気づいたようで、なんとか傘のバリアを突破しようと攻撃を仕掛けてくる。
「くっ、傘のバリアがぜんぜん破れない……!」
「よし、これで……チェックメイトだ!」
ぐいっと腕を伸ばして、確実に彼女を射程圏内へと捉える。そして彼女の頭に照準を合わせて引き金を引いたその瞬間――
「このっ!」
志乃が後方にジャンプしながら、傘から露出した俺の腕をめがけて発砲した。彼女が放った水は見事に当たり、彼女は歓喜の表情を浮かべる。
が、ロクに後ろを確認せずに飛んだことが仇になり、志乃は足を滑らせて川に落ちそうになってしまう。
「ちょ、それはまずい」
傘と水鉄砲を捨て、慌てて俺が受け止めにいったものの、普段から運動していない人間が重量のあるものを支えてバランスを直せるはずもなく。
「わぶっ!?」
謎の断末魔を上げながら、俺たちはばっしゃぁぁんと水しぶきを上げて川に転落するのだった。
幸いにもそんな深い川ではなく、むしろ用水路レベルの小さい規模だったので溺れることも流されることもなかった。が、俺たちは水鉄砲で受けるびしょ濡れ被害のおよそ数千倍の被害を受けることとなった。
「ぷはっ……。ふふっ」
志乃は水面から顔を上げる。なんだかうれしそうだ。
「家に上がれなくなった……」
「いいじゃん、いまはそんなこと考えなくて……さっ」
「え、ちょっ!?」
志乃は起き上がると、濡れた髪をしぼることもなくそのまま俺に突っ込んできた。また水しぶきが上がる。
俺は彼女にまたがられたまま抗議の声を上げた。
「志乃、おま、正気か!?」
「別にぜんぜん深くないし頭を打ちそうな大きい岩もないよ?」
志乃は戦いを終えて「ふーっ」と安堵のため息をつくと、また向日葵のような笑顔を浮かべた。髪やシャツからしたたる水滴が日光を反射し、まるで絵画のような神々しささえ感じた。
「えへへ、勝負は引き分けだね」
「…………っ」
その笑顔を見て、俺はかつての志乃の姿を重ねていた。
小学校低学年の頃に、俺と志乃は似たような遊びをしたことがある。そのときはビニール傘もなにも使わない正真正銘のガチンコ勝負だったわけだが、どういうわけか同じように川へ転落した。たぶん俺が足を滑らせたのだろう。
そしたら、志乃は服が濡れるのも構わずに川へと入ってきて、今度はそのまま川で水鉄砲戦が繰り広げられた。そのときの彼女の楽しそうな顔が、いま目の前にいる彼女の顔と重なって、俺に深いノスタルジーをもたらしている。
それは、一種の安心感にも似た感情だった。
「風見くん、どうしたの?」
「え? ああいや、なんでもない……」
俺は立ち上がると、びしょ濡れになった服をパタパタしながらコンクリートで舗装された道路へと出る。このままここに寝転がりたい気分だ。
「どうする? もう一回やる?」
「さすがに体力の限界だ」
「まあ、そもそも4時間くらい掃除してたもんね。わたしたち」
そう言って、志乃も川から上がってきた。彼女も全身びしょ濡れで、グレーのショートパンツは完全に濃いグレーとなって水が滴っており、緩めの白いシャツも肌に張り付いていた。
なんだかこういう光景も、とても懐かしい。
「……えっと、まじまじ見すぎじゃない?」
「……え? あ、すまん」
志乃はこちらから視線を外しながら、片腕で胸のあたりを隠すようなポーズをとった。また無意識に見つめてしまっていたようだ。
というか、待て。さっき俺、濡れていろいろスケスケになっている彼女を目の前にして昔のことしか考えてなかったのか?
「やっぱり風見くんって真面目ときどきスケベだよね」
「違うわ」
◇
「えへへ、楽しかった?」
水鉄砲を回収して、アパートへの帰り道。隣を歩いている志乃が聞いてくる。
「ああ、思いのほか楽しかった。昔を思い出せたような気がする」
「夏はいつもびしょ濡れではしゃいでたよねぇ。いつからやらなくなっちゃったのかな、ああいうこと」
「気づいたらいつの間にかやらなくなるよな、こういうのって」
そんなこんなで、さっきの水鉄砲戦のことや昔のことで会話を弾ませながらアパートに到着。ひとまず互いの部屋に戻り、びしょ濡れの服を脱いで風呂に入ってからまた俺の部屋で合流することになった。
「じゃあ、30分後くらいにそっち行くね」
「ああ、わかった」
志乃と別れて、部屋に戻る。
「…………」
ドアを開けると、そこには不満そうな顔をした佳春が立っていた。
「…………」
そっとドアを閉める。
「勝手に閉めないでください!」
ドア越しに佳春の声が聞こえてきた。俺はふたたび開けると、より不満そうな表情になった佳春と対峙する。
「ずいぶんお楽しみだったみたいですね、風見先輩」
「なんていうか……まあ、うん。すべて事の成り行きだったけど」
「そんなびしょ濡れになるほど激しかったんですか?」
「水鉄砲がな」
誤解を招くので言葉を省略しないでほしい。
「はぁ……先輩だけそんな田舎モノ同人誌みたいな体験して、ずるいです」
「すべて同人誌で例えるのやめろ。なんか背徳感が生まれるだろ」
「大切な後輩をほったらかしにして女の子とイチャついてたんですから、背徳感が生まれるのは当然でしょう」
「……なんか、すまん」
「まあ、別にそこまで怒ってるわけでもないので、いいですよ。その代わり今日は先輩の家に泊まるので、それでチャラです」
「ああ……ん、は?」
佳春は持ってきたカバンをがさごそと漁ると、中から着替えや歯ブラシなどの典型的なお泊まりセットが出てきた。
「ちょ、待て。最初から泊まるつもりで来てたのかお前!?」
「そうです。さいきんまったくSNSのほうでイラストをアップできてないので、それのアイデア出しを手伝ってください」
「それくらい自分でやれよ……」
「風見先輩の、秀逸なシチュエーションとかストーリーを考える能力は私も一目置いているので、その力を借りたいんです」
「まあ、そこまで言うなら手伝ってやらんこともない」
「家にも泊まっていいですか?」
「……ああ、いいぞ。今日だけだからな」
「ありがとうございます! 先輩大好きです!」
それだけ言うと、佳春は嬉しそうにテーブルへ戻って液タブを取り出し始めた。どうやらこのまま作業するらしい。
「じゃあ俺、風呂入ってくるから志乃が来たら教えてくれ」
「わかりました!」
すっかり元気になった佳春の声を背中に受けながら、風呂場に入ってシャワーの蛇口をひねる。川の水とは対照的に熱いシャワーを浴びながら、俺はなんとなく脳裏で志乃に思いを馳せた。
今回の水鉄砲を通して、俺は改めて彼女への想いを再確認させられた。
そろそろ自分の想いに決着をつけるときだ。いい加減むかしのことをずるずる引っ張っている「未練がましいやつ」から抜け出すべきなのはわかっている。
……でも、俺は本当に彼女のことが好きなのだろうか? 好きな相手がびしょ濡れになっていたというのに、ドキドキよりも先にノスタルジーを感じてしまうのはどうなんだ? それってつまり、彼女のことを異性として認識していないからなんじゃないのか?
俺にとって桜ヶ丘志乃という少女は、どういう存在なんだろう。
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