第11話 あの頃のわたしたちに、還ってみない?
そんなこんなで約4時間後。無事に掃除を終えた俺の部屋は見違えるように綺麗になっていた。まるで去年、内見に来たばっかりのときのようだ。
ひとまず二人の苦労をねぎらうため、冷蔵庫からキンキンに冷えたお茶を持ってきて二人分のグラスに注ぐ。久しぶりに動いて疲弊したのか、佳春はふらふらした手つきでグラスを受け取り「ありがとうございます」と言うと、すぐさま飲み干して床に倒れた。なんとか志乃が抱きかかえてソファにもたれさせると、疲れ果てて眠ってしまったようだった。
「……佳春、何気にめちゃくちゃ手伝ってくれてたな」
「あとでちゃんと恩返ししないとダメだよ?」
「明日か来週にでもメシ奢ろうかな」
「それか、佳春ちゃんの家の掃除を手伝うか」
「もう掃除は勘弁してくれ……」
俺もグラスを持ってくると、お茶を注いで一気に飲み干す。重労働を繰り返して火照った体に冷たいお茶が染み渡る。ここにきて急に疲れが出てきた。
「なんか、まだ昼なのに夕方まで働いた気分だ」
「ふふ、風見くんも寝ちゃったら?」
「いや、眠くはないんだが、妙に全身が痛い」
「普段から動かなさすぎだよ。たまにランニングとかしてみたら?」
「たぶん50メートル走っただけでバテるんだが」
「重症だね……体育祭とかどうしてたの?」
「あんなくだらんイベントに参加する理由なんかない。だいたい休んでた」
「もったいないなぁ。せっかくクラスメイトと友好を深めるチャンスなのに」
そう言って、志乃は俺のとなりまで移動してくると、グラスに注いだお茶をちびちびと飲みながら足を伸ばしてリラックスする。
エプロンに隠れて見えなかったが、今日の志乃のファッションは、緩めな白色のTシャツにグレーのショートパンツという動きやすさを重視したスタイルだった。志乃がぐーっと足を伸ばした隙に、ズボンの裾から乳白色の細い太ももがのぞいて、なんとなく気まずくなって目を背ける。
「風見くんって、もしかして『友情を築くのなんか時間の無駄だ』って思っちゃうタイプ?」
「時間の無駄ではないが、好んでしようとも思わない。そこまで重要視してないからな」
「でも、佳春ちゃんとはすごい仲いいよね。二人ってどうやって知り合ったの?」
「話せば長くなる」
「ポップコーンとか持ってきた方がいい?」
「なに楽しく鑑賞しようとしてるんだよ。そんなドラマチックなもんでもないし」
「あらすじみたいな感じでいいから聞かせてよ」
志乃は「わたし、気になります!」とでも言いたげなキラキラした瞳でこちらに詰め寄ってくる。俺はあきらめたようにため息をつくと、二人の馴れ初め……いや巡り合わせ……?
とにかく、俺と佳春が知り合うことになった事の経緯を、かいつまんで志乃に話すことにした。彼女はしばらく黙って聞いていたが、途中で何回か鼻をすすったり俺のとなりで寝ている佳春に視線を向けたりしていた。
まあ、そんなに気持ちのいい話でもない。俺も最初は適当に誤魔化そうかと考えていたが、それはそれで志乃と佳春の二人に失礼な気がしたので、きちんと最後まで言って聞かせた。
「……そうだったんだ。えへ、教えてくれてありがと」
志乃は空になったグラスをテーブルに置くと、ふぅと息をついた。
「なんていうか、わたしの知らないところでいろいろあったんだね、風見くんも」
「そりゃああるだろ。志乃だって向こうでいろいろ経験したことくらいあるんじゃないか?」
「わたしは……なんていうか、すごい普通の生活を送ってたっていうか、無味乾燥な人生だったっていうか」
「それはありえないな。お前みたいな美少女が、あんな主人公養成機関みたいな学校でラブコメに巻き込まれないはずがない」
「……むぅ。風見くん、最近やたらとわたしが美少女だって言ってくるよね? そろそろ恥ずかしすぎて頭おかしくなりそうなんだけど」
志乃はほんのちょっと頬を膨らませながらこちらを見つめる。その両頬は熱を帯びたようにほんのり赤くなっていた。
「俺は事実を言ったまでだ。……そんなに確証がないのなら鏡で自分の顔を見てくるといい」
「自分の顔なんて顔洗うときに毎日見てるってば……」
ふと、こつんと志乃の肩が触れる。彼女のまるで絹のように滑らかな髪が耳を優しくかすめ、言いようのないくすぐったさともどかしさに襲われる。
「なんか風見くん、小学生の頃より軟派になったよね」
「そ、そんなわけないだろ? そんなやつは妹とラブラブな愛を育む同人誌なんか描かん」
「一般論じゃなくて、風見くん個人の話だよ。こういうのなんていうんだっけ。解釈違い? っていうやつかも」
「二次元のキャラならともかく、三次元の人間に解釈違いもなにもないだろ……」
「昔の風見くんは、それはもう元気で、男子も女子もお構いなくって感じだったのに」
「それが人の成長というやつだ。17にもなってあのテンションを維持し続けるのはヤバいだろ」
彼女の言葉を聞いて、昔の記憶が否応なく頭によみがえってくる。
当時はゲーム機もパソコンも持っていなかったから、学校に通っている時間以外のほとんどを志乃と遊んで過ごしていた。時には二人でシオカラトンボを追って山奥に入り込んだり、時には雑草が生い茂るなか佇んでいる、寂れた神社の境内を二人で探索したり。
いかにも典型的な田舎少年がやりそうなことばっかやっていたが、当時の俺たちにとってはまるで宝物みたいな時間だった。あのときは少年時代がいつまで経っても終わることのない、永遠に続くものであるように感じられた。
「……ね、久々に二人で遊ばない?」
「は?」
「なにがいいかな……あ、水鉄砲とかどう? さいきん暑いしピッタリだと思うんだよね」
「ちょ、待て待て待て。勝手に話を進めるな」
「どうしたの?」
と、ソファから立ってやる気に満ちあふれている彼女を制止する。
「急に話を進め過ぎだ。そもそも久々に二人で遊ぶってなんだよ」
「言葉の通り、昔やってた遊びをするんだよ。森に入ったり、探検したり、水鉄砲で撃ち合ったり」
「お前の体力は無尽蔵かよ……」
「そんなに疲労困憊なら、わたしの的になるだけでもいいよ」
そう言って、志乃は指で銃のかたちをつくると、こっちに向けて「ばーん」と撃つ素振りをしてくる。
「参加を拒否する権利はないのか」
「ないよ」
「即答しやがって……」
まあ、掃除に付き合ってもらった礼だ。彼女がやりたいというのなら付き合ってやらないこともない。
俺はクローゼットから取ってきた毛布を佳春にかぶせると、固まりまくった身体をバキバキと鳴らしながら玄関へと向かう。
「水鉄砲はどうするんだ」
「コンビニで買うよ」
「……20分歩くのか」
「肩落とさないで、ほら行くよ!」
ドアを開けて元気そうに駆けていった彼女の背中を見送りながら、俺はため息をついてその後を追うのだった。
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