第6話 汗だくの少女、誰もいない屋上(エロ展開ではない)
佳春とともに誰もいない屋上へとやってきた。この学校の屋上は基本的に封鎖されていないものの、座って休めるようなベンチや日よけなどは一切ないため、昼休みにここへ好き好んで来るような奴はめったにいない。
見た感じまだ志乃は来ていないので、俺たちは屋上の隅に設けられているこぢんまりとした物置からレジャーシートを取り出すと、それを適当なところに広げる。これは俺と佳春が誰もいない屋上を独り占めするためにあらかじめ用意した物品だ。いつもはこんな風に座る場所を確保してから、ピクニック気分でご飯を食べている。
「そういえば、桜ヶ丘先輩ってなんでこっちに転校してきたんですか?」
ふと、レジャーシートの角を広げながら佳春が聞いてくる。
「それについては俺も分からん」
「……幼なじみなんですよね?」
「再会したときも、そこだけは妙に会話を避けている感じがあったからな。まあ、あんまり人に話しにくい内容なんだろう」
「風見先輩は気にならないんですか」
「気になるっちゃ気になるけど……そんな聞き出すような真似はしたくない。あいつが自分から話すまで待つつもりだ」
「なんていうか、先輩って普段はどうしようもないくらい妹狂いのくせに、そういうところはしっかりしてるんですよね」
「褒め言葉として受け取っておく」
そんなことを話していると、屋上のドアが軋んだ音を立てた。振り向くと、片手にミント色の可愛らしいランチバッグを提げた少女がドアを開けて立っていた。どうやらあの猛攻を掻い潜ってなんとか屋上までたどり着いたらしい。
本当は付き添ってやりたかったんだが、さすがに人目のある場所で並びながら屋上へ向かうのはまずい。そのため、メールで行き方だけ教えてなんとか自力で来てもらったのだ。
「おまたせ、風見くん」
「ああ、こっちもちょうど準備が終わったところだ。……どうだ、なかなかいい作戦だっただろ」
「風見くんの演技がちょっと棒読みすぎたような気がしないでもないけど……まあ、怪しまれずに来れたからよかったよ」
「誰かにつけられてないよな?」
「うん、いちおう後方は確認しながら歩いてきたから大丈夫だと思う」
「ここは違法な取引現場かなにかですか」
志乃は靴を脱いでレジャーシートに上がり静かに腰を下ろす。続いて俺と佳春もシートに上がると、三人で息をついた。いつもは俺と佳春の二人きりだったから、となりに志乃がいるのがなんとも変な感じだ。
「それじゃあ食べよっか。風見くんのお昼ご飯は?」
「ふっふっふ……」
俺は不敵な笑みを漏らすと、ビニール袋に入れておいたパンを取り出す。
「そっ、それは……カラメルプリンメロンパンじゃないですか」
驚愕の声を上げる佳春に、志乃はよくわからないといった表情で首を傾げる。そんな彼女に、佳春は自分のお弁当箱を開きながら説明する。
「ウチの購買は毎日が激戦区なんですけど、そのなかでもひと際激しい争いを招いているのがこのカラメルプリンメロンパンです。一日限定10個のレアアイテムで、価格も通常のパンより少しお高めですが、サクサクとした生地のメロンパンに滑らかなカラメルプリンが包まれた甘党にはたまらない一品なんです」
「聞いてるだけでよだれが出てきそうなパンだね」
「ちなみに俺もまだ2回くらいしか食えてない」
「っていうか、風見くんが教室を出たのって結構遅かったよね? そんな人気なパンなのに売り切れてなかったの?」
「前までは先着順だったらしいんだが、このパンを手に入れるために4限の授業を途中で抜けるやつが続出したからじゃんけんによる勝ち抜き方式になったらしい」
「そんな人を狂わせるほど美味しいんだ……」
と、志乃の視線が俺の手にあるカラメルプリンメロンパンに注がれる。彼女は大食いの陰に隠れているものの、かなりの甘党だ。だから、メロンパンの中にプリンをぶち込むなどという悪魔的な発想の菓子パンには目がないはず。
「……やらないぞ」
「そっ、そんなつもりはなかったよ」
「いや、さっき明らかに捕食者の目をしてたから」
「そんな獰猛な感じじゃないよぅ!?」
慌てふためく志乃を見ながら、ほかにも焼きそばパンやツナマヨのサンドイッチなどを取り出す。これだけ買っても500円ちょっとだ。
志乃もランチバッグからビニール袋を取り出すと、登校中の駅で買っていたおにぎりやサンドイッチを食べ始めた。
なんていうか、ただのビニール袋でさえもきちんとランチバッグに入れて持ってくるあたり、彼女の育ちの良さが垣間見える。カラメルプリンメロンパンを買えた嬉しさのあまり袋をブンブン振りながら歩いていた俺とは雲泥の差だ。
「桜ヶ丘先輩は料理とかするんですか?」
お弁当を箸でつつきながら佳春が尋ねる。ちなみに彼女は母親に毎日お弁当をつくってもらっているらしい。
「結構するよ。転校する前も自分でお弁当つくってたくらいだし」
「すごいですね、良妻感ハンパないです」
「りょ、良妻って……」
と、志乃は少しだけ頬を赤らめる。すると、こちらにチラッと視線を向けて強引な話題の転換を試みた。
「か、風見くんも料理するよね!」
「もうちょっとマシな話の持って行きかたあっただろ」
「え、待ってください。先輩って料理できたんですか?」
「そうか、そういえば佳春には一回も話したことなかったな」
「マジですか。なんか想像と違い過ぎて怖いです」
「おい、志乃との評価の差が酷すぎるだろ」
「桜ヶ丘先輩はいいんですよ、可愛いし、いかにも料理できそうな感じなので」
「じゃあ俺だってギャップ萌えみたいな感じで……」
「人が虫を怖がる理由って、その挙動が予測できないからだそうです」
「おい待て、どうして急にその話をしだした」
「じゃあ桜ヶ丘先輩、こんど料理するところにお邪魔してもいいですか?」
「うん、いいよ~」
「人の話を聞け!!」
◇
そんなこんなで話しているうちに、三人とも昼ご飯を食べ終えてレジャーシートの上でリラックスしていた。5限が始まるまであと20分もある。このままちょっと仮眠を取っても十分間に合うだろう。
……まあ、この炎天下で眠ることができればの話ではあるが。
「……死ぬほど暑いね」
「まあ、ここの屋上は陽をさえぎるものが何もないからな」
「誰もいない空間を独り占めする代償だと思えば、そこまで悪くないです」
俺と佳春はこの暑さにもそこそこ慣れてきたが、志乃にとってはどうやら堪えるほどの暑さらしい。頬を汗が伝い、シャツの首元が少し濡れていた。必死に手で仰ぎ、なんとか暑さに耐えている。
「……教室、戻るか?」
「いや、大丈夫。たぶん……そのうち慣れるから」
「無理はよくないですよ。熱中症になってしまったら大変です」
「うーん、じゃあせめて向こうに座っててもいい?」
そう言って志乃が指さしたのは、屋上の入り口のドア付近。あそこには簡易的な雨よけがあるので、日差しをある程度防ぐことができるだろう。
「じゃあ私たちもそっちに行きましょうか」
「そうだな」
レジャーシートをてきぱきと片付けて、物置きへ。ここら辺の作業も実に慣れたものだ。
そして、三人で日陰になっている段差に腰かけた。
「それにしても、すごいのどかだね」
自分たちの真上に広がる雄大な空を眺めながら志乃がつぶやく。ここら辺は車通りも少ないから、聞こえてくるのは生徒たちの微かなざわめきと、セミの鳴き声くらいだ。典型的な田舎の光景と言える。
志乃はぼーっと、雲の浮かぶ空や遠くの田んぼ、緑が生い茂った森林に目を向けていた。都心部ではあまり見られない光景に見入っているのだろう。
「たしかに、東京ではあまり見られない光景かもです」
「少なくとも、わたしの住んでいる場所にはこんな場所なかったよ」
「――あ、見てください、あれ
佳春の言葉に志乃が体を寄せる。汗を吸ってしっとりとした服の肩が触れ、ふいに爽やかな制汗剤の匂いが鼻腔をくすぐった。すっきりとした柑橘系の香りのはずなのに、なぜか頭がくらくらしてくる。
「あっ、ご、ごめん」
と、密着していたことに気づいた志乃が、まるで熱いものにでも触れたように身体を退ける。
「わたし、いま、汗かいてるのに……」
「今さら気にするようなことでもないだろ」
「風見くんは気にしないのかもしれないけど、わたしが気になるんだよ」
「そうです、風見先輩はもっとそういうところに敏感になったほうがいいですよ」
「なんで佳春がしゃしゃり出てくるんだよ」
そして、田んぼでのびのびとしている白鷺を三人で見つめていると、いつの間にか予鈴が鳴っていた。
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