野獣の王国

スギセン

【プロローグ】いつかの未来

「トッド!急げっ!!」

「アレス!!」


 ――王都は、煌々と燃えていた。

 高くそびえた城壁は崩れ落ち、尖塔は炎に呑まれ、鐘の音は悲鳴の渦にかき消された。豪奢な石畳の街路は瓦礫と化し、行き場を失った人々は押し合い、潰れ合い、ただ命乞いの声だけを残して消えていく。


 瓦礫の山を踏み越え、青銅色の悪鬼が、赤黒い巨影が、岩のような肌の怪物が、ゆっくりと進んでいた。踏み出すたびに地は割れ、瓦礫が砕け、鮮血が飛び散る。


 兵士たちは必死に剣を振るうが、その刃は硬い皮膚を裂くことすらできない。放たれた矢の雨は巨大な怪物に阻まれ、悪鬼たちの行軍は無情に続く。


 伝説の怪物オーク

 歴史の彼方に葬られたはずの存在。

 かつて語られた“世界を滅ぼす獣”が、今ここに蘇り、異形の軍勢を引き連れて人類への侵攻を始めた。


 国一番の堅牢さを誇った王城も、今や黒煙をあげ、かつての荘厳さの面影は消えた。街の中央では、最後の防衛線が築かれようとしていた。だが、それがどれほどの時間を稼げるのか――百、千の命を犠牲にしたとしても、果たして一刻耐えられるのか。


 戦火を逃れようと押し合う人々の渦の中、ひとりの青年が立ち尽くしていた。十二歳の頃には想像もできなかった光景が、今、彼の目に焼き付いている。恐怖も、怒りもない。ただ圧倒的な力を前に、己の、人類の無力さを痛感していた。


 その瞳に宿るのは、紅く燃える王都。そして後悔と――抗えぬ運命を見届ける覚悟だった。両手には、まだ血に濡れた小さなナイフと刃の欠けたショートソード。仲間を守れなかった痛みが胸を突き、声にならない呻きが喉を塞ぐ。


 数年後の未来、この地獄を語ることになるのは小さな村で育った、ただの猟師見習いにすぎない少年――アレス・ハイストだ。


 すべての物語は――あの小さな村から始まった。

 まだ十二歳だったあの頃から。

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